天野安喜子(花火師) ・〔にっぽんの音〕
1970年東京都出身。 江戸時代から続く花火の老舗「鍵屋」(鍵屋初代弥兵衛、奈良・篠原村より江戸へ出て日本橋横山町で店を開く。葦の管に火薬を練って小さな玉をつくり、「火の花」「花の火」「花火」と称して売り出したところ、飛ぶように売れたという。) 「鍵屋」の15代目。 1650年創業でおよそ360年余りになります。 六代将軍徳川家宣の時代には「流星」という花火を打ち上げたという記録があります。 花火の現場は火の神が宿ると言われていて、女性が禁制でした。 時代の後押しもあって、私は女性でも15代目を継ぐことになりました。 鍵屋が本家で、番頭が腕もいいし、人間性もいいという事で、暖簾分けをして「玉屋」を名乗らせて、それ以降、「玉屋」「鍵屋」という掛け声が江戸時代は盛んに呼ばれるようになりました。 打ち上げて静かになる瞬間には「鍵屋」という声は聞こえます。
大学卒業後2年間の花火製造の修行を終えて家業に入り、2000年に父親の跡を継いで「鍵屋」の当主になりました。 江戸川区の花火大会をはじめ各地の花火大会のプロデュースを手掛けています。 柔道家としての一面もあります。 国際柔道連盟審判員も務めています。 2008年の北京オリンピック、2021年開催の東京オリンピックの柔道競技審判員として参加しました。 今年の6月にはモンゴル、グランバートルで柔道の国際大会審判、8月5には4年振りの江戸川区花火大会が開催され、手掛けました。 忙しと私自身充実します。 小学校1年生から柔道を習い始めて、国際大会では銅メダルを頂いたこともあります。
1976年から開催された江戸川区花火大会は今年で48回目、初回から「鍵屋が手がけてきました。 打ち上げ総数1万4000発、140万人近くの観客数を誇る国内最大級の花火大会。 江戸川区と市川市が実行委員会を立ち上げて、花火を中心に両方からお客さんがご覧いただけます。 日本一の集客数を誇っています。 名物は巨大な富士山の仕掛け花火、高さ50m、幅280mで毎年異なる富士山を表現する。 そのためには75トンラフタークレーン車が河川敷に2台搬入され、50mの高さに吊って、火をつけると雄大な情景が描き出されます。 今年のテーマが「夜明けの富士 生命の息吹」です。
花火師は、一昔前は花火を作って、花火の組み合わせを考えて打ち上げていました。 最近は民家が密集してきて大きな花火が打ち上げられなくなってきています。 打ち上げる花火の演出の時代になってきました。 まず情景を作って、花火の種類(色、形、光、音)を差し込んで、花火の点火になってゆく。(演出をしてゆく)
コロナ禍で3年間暗いトンネルでした。 鍵屋ではコロナ終息の願いを込めた花火を打ち上げてきました。 そのなかでの4年振りの花火なので、皆さんに幸せなところでスタートできるんだねと言うところの気持ちを、奮い立たせていただければ有難いと言う思いがあります。 活力、心の豊かさも必要になってくる時であろうという事で、まずは雄大、に安全に打ち上げて行こうと思いました。 花火の思い出は色々あり、共有できるという事はいいことだと思います。
「ヒュー--」とまずなりますが、効果音を入れています。 筒の中には上げ火薬、花火玉、その上に上空まで達するときに音を出せるように「笛」という花火を入れます。 それを入れないと無音で上がって行きます。 「笛」は音の変化も付けることは可能です。 私の花火師としてのこだわりは「間」ですね。 大きな心の波を生み出すためには、一呼吸置く「間」、感動の域が違ってくる感覚を持っています。 良いものだけ出していてもお客様は飽きてしまう。 ここぞという時に見せる「間」を調整しています。
遠隔操作で花火筒から距離をとって、電気で打ち上げて行きますが、①コンピューター方式で打ち上げる方式、②手動式(ボタンを押す)があります。 私は「間」を大事にしたいと思いますので、手動式に重点をおいて「間」を大事にする方式にしています。(ライブ感がある) 作業は大変ですが。 江戸川花火大会が終わった後、「鍵屋有難う」という事で携帯電話の光を当てて下さいました。 凄い光(何十万という)で「鍵屋」は守られているんだという思いが湧き、圧巻でした。 涙が出ました。 心がつながっている、それがお祭りの良さという部分だと思います。
「かむろ」という花火は横に一辺広がって来てから柳の様に垂れてくる。 「柳花火」はもっと繊細で情緒があります。 「牡丹」は360度どこから見ても丸く見えます。 「菊」は360度どこから見ても丸く見えますが、大きく開いてゆくときに線が入るのが「菊」です。 「牡丹」はその線が入らないです。 花火全体の雄大さ、 色、形、光、音を身体で感じるという事を目的として、足を運んでいただくと、また違ったいい思い出が出来ると思います。 音楽に合わせて打ち上げるという事も出てきましたが昔ながらの花火の愛で方が7割ぐらいになっています。
父も柔道家でもありました。(親戚も) 父の姿がかっこよかったです。 それに憧れ、追って来たので、迷いも悔いもない、覚悟も決められました。 母から事あるごとに「父は立派で素晴らしいと、だけど人の道から外れたことをすると怖い」と暗示をかけられてきました。 両親に感謝です。 30歳で15代目を襲名しました。 1年後ぐらいにプレッシャーをいろいろな場面で感じました。 母から「もっと肩の力を抜いて、そんな姿でも良かったらお付き合いください、そんな気持ちのも力でいいんじゃないの」と言われて、ほっとしました。 自分らしさを出せばいいんだと気付きました。 周りに支えられて、本当に恵まれていると感謝しかないです。
古きものの良いものに蓋をすることなく、心の豊かさにつながってゆくものであれば表にどんどん出すべきだと思います。 新しいものだからと言って、心を豊かさにするかどうか、見極めをしっかりしなければいけない。 心の豊かさも花火を通じて、打ち出せたら、届けられたらいいなあと思います。
日本の音とは太鼓、花火の音と似ています。 今は通年でやるようになってきています。