鬼嶋一司(元慶應義塾大学野球部監督、元NHK高校野球解説者) ・「果敢なる闘士たれ、潔い敗者たれ!」
まもなく甲子園では選抜高校野球大会が始まります。 城島さんは昭和31年生まれ。 東京6大学野球の早慶戦に憧れて慶応に進み、大学卒業後は社会人野球の川崎製鉄千葉の選手、監督として活躍しました。 その後2002年から2005年まで慶応義塾大学の監督を務め、2004年の秋のリーグ戦では、母校を6シーズンぶりの優勝に導いています。 そして2006年から2016年までの11年間、NHKの高校野球解説者として甲子園球場から球児を見守りながら、優しくときには熱く解説をしました。 今年の1月に誕生日を迎えて70歳になります。
横浜の生まれですが、子供の頃は遊び場には苦労しませんでした。 野球もどきを夢中でやってました。 中学ではサードには憧れましたが、先生の指示でキャッチャーをやることになりました。 昭和49年に大学に入学しました。 法政大学には江川投手などがいて、やられっぱなしでした。 ボールが見えない投手は江川投手だけでした。 福島監督はとても厳しい方でしたけれども、人を一人の人間として見てくれた監督でした。 さり気ないやさしさのある監督でした。
昭和53年に川崎製鉄千葉に入社して、その3年目に創部25年目で都市対抗に初出場しました。 昭和61年は春先からなかなか勝てませんでしたが、都市対抗に駒を進めることが出来ました。 監督プレイヤーとしてやってました。 時間がなくて時間の使い方をいろいろ覚えていきました。 2002年から慶応の監督になりました。当時早稲田は最強のチームと言われてました。 1番から6番まではその後プロに入ってます。 ピッチャーも好投手が何人もいました。この時まで早稲田に対しては10連敗していました。
野球っていうのは確率のゲームだと思ってまして、セオリーが大事ですけれども、でもセオリーと言うのは落とし穴があります。 我々のような力のないチームは、そこに付け入れるチャンスがあるわけです。 奇襲は奇襲の理屈が十分にあると思います。 逆に言えば、奇襲はセオリーにはならないわけです。 6シーズンぶりの優勝になりました。
鬼嶋さんは2006年から2016年までの11年間NHKの高校野球解説者として甲子園球場から解説をしていただきました。 東京6大学野球の早慶戦の解説も17年間お願いしました。これからは解決者としての話を伺っていきます。
高校野球の解説は楽しいです。 プレーに心の模様が現れます。 選手の心の模様を感じながら話さなければいけないんじゃないかなと思います。 心に残る試合としては、2010年沖縄の興南高校が春夏優勝した時、2012年大阪桐蔭が春夏優勝した時解説をしました。 沖縄の興南高校は地元の選手で固めた手作り感のチームです。日大三高との春の決勝戦でも、日大三高にリードされるんですが、じわじわと最後にひっくり返す、そういう粘り強さを持った印象的なチームでした。
大阪桐蔭は、沖縄とは対照的に非常に力のあるチームでした。 春の選抜のときには、大阪桐蔭は1回戦で大谷翔平選手のいる花巻東と試合をしますが、9対2で大阪桐蔭が勝ちますけれども、藤波くんから大谷選手はホームランを打っています。 この試合も本当に楽しい試合でした。 基本的なプレイにも忠実で相手にプレッシャーをかけました。 日々の練習の成果だと思います。連覇をするチームと言うのは勝負にこだわりますね。チーム全体が集中します。
勝つことを目的にすべきだと思います。 勝ちに行くことによって、選手同士の協調性とか知恵も培われます。 負けたチームに対しては、よくやったとねぎらいの言葉を言う。 負けた選手に対して悔しいだろう、辛いだろう、だけどこれから頑張れよと言う。 そういう意味合いを込めて、激励の言葉を必ず指導者はかけます。勝ちに行く事は勝利至上主義ではないとは思います。 負けることにも1つの大きな意義があると思います。 痛みを知ることであり、人の痛みを知ることにもなるわけです。 1年生菊池雄星くんが出てきて、菊池雄星くんの腕を振る速さにはびっくりしました。
野球は楽しいんだと言うことをがベースにあると思います。 勝利を目指して全力で戦って欲しい。 その中で負けることも多いわけです。 負けた時どう対応するか負けて知る事は許すということ。 野球と言うのは、運不運が作用する。 不運の時にそれをどのように飲み込めるか。 許す、寛容さを身に付けていかなければいけないんじゃないかと思います。