勝木俊雄(森林総合研究所 勝木俊雄) ・「朗読で味わう桜の春」後編
勝木さんは、桜の分類が専門で日本の野生種として100年ぶりと言われる熊野桜の発見者としても知られています。
坂口安吾の「桜の森の満開の下」
山賊が桜の森でさらってきた女に惹かれて一緒に暮らし始めます。 女の希望で都で暮らし始めますが、この女が恐ろしい、いろいろな趣味を持っていて、首を集めるようになります。 最後男は山に帰っていくわけですが、とにかくこの男は、桜の森を異様に恐れていると言うことです。
「目の前に昔の山々の姿が現れました。 呼べば答えるようでした。・・・ その道を行くと、桜の森の下を通る女がいました。 「背負っておくれ、こんな道のない山坂は、私は歩くことができないよ。」・・・男は軽がると女を背負いました。・・・ 「初めてお前に会った日もおんぶしてもらえたわね。」と女も思い出して言いました。・・・ 見えるだろう。あれがみんな俺の山だ。 山はいいなぁ。・・・都ではそんなこともなかったからな。・・・桜の森が彼の眼前に現れてきました。・・・まさしく一面の満開でした。 風に吹かれた花びらがパラパラ落ちています。
男は満開の花の下を歩きました。 あたりはひっそりとだんだん冷たくなるようでした。彼はふと女の手が冷たくなってるのに気がつきました。 とっさに、彼がわかりました。女が鬼であることを。 ・・・男の背中にしがみついているのは、全身が紫色の顔の大きな老婆でした。 その口は耳まで裂け、ちぢくれた髪の毛が緑でした。・・・ 鬼の手に力がこもり、彼の喉に食い込みました。 彼の目が見えなくなろうとしました。・・・その手から首を抜くとどさりと鬼は落ちました。・・・ 彼は鬼の首を絞めました。 彼がふと気づいたとき、女は既に息絶えていました。・・・
彼が締め殺したのは、さっきと変わらず、やはり女で同じ女の死体がそこにあるばかりでした。・・・ 女の死体の上に既にいくつかの桜の花びらが落ちてきました。・・・彼はワッと泣きしました。 彼が自然に我に返った時、彼の背には白い花びらが積もっていました。・・・ ただひっそりと、そしてひそひそと花びらが散り続けているばかりでした。彼は初めて桜の森の満開の下に座っていました。いつまでもそこに座っていることができます。 ・・・桜の満開の花の下の秘密は、誰にも今もわかりません。あるいは孤独といったものであるかもしれません。・・・彼は、女の顔のうえの花びらを取ってやろうとしました。彼の手が女の顔に届こうとしたときに、何か変わったことが起こったように思われました。すると彼の手の下には降り積もった花びらばかりで、女の姿はかき消えて、ただいつかの花びらになっていました。 そしてその花びらをかき分けようとした彼の手も、彼の体も伸ばしたときには、もはや消えていました。 後に花びらと冷たい虚空が張り詰めているばかりでした。」
宇野千代さんの「淡墨の桜」
「去年の春、私は思い立って岐阜の本巣市の淡墨の桜を見に行った。・・・ 話によると、この桜は樹齢1200年、今では日本で1番古い桜で往年枯死寸前と言われた時、岐阜市在住のある医師の手によって、桜の若木を根継ぎして死期回生、再びの萬朶(ばんだ)の花を咲かせることができたということである。・・・ この山の深く樹齢1200年と言う桜の花が咲いていても、運転手が知らないと言うのは、いかにもありそうなことに思われるのである。・・・
小雨が降り出したが、今日のうちにちょっと桜を見たいと思った。・・・宿から小半町のところを左へ行く根尾川にかかる。朽ちかかった危なっかしい橋を渡って、村道を登っていくと、・・・確かに白壁の家のそばにぼーっと白い桜の花が見えたが、あれが私がはるばる訪ねてきた薄墨の桜なのか。・・・私が勝手の違うものを見て幾分がっかりした。・・・下駄では無理だろうと言うことで宿へ引き返した。桜を見に来る客は滅多にないと言う。・・・
翌日も雨は止まない。・・・ やがて、村外れを左に折れて田畑の間の草深い道を登る。3、4本の桜のひょろひょろしたいとけない木が花をつけてるほか、何の風情もない道である。・・・何を祭ったのかわからない小さな神社の、今にも崩れそうな石垣の下にその桜の木があった。・・・幹周り3条8尺、約2反部に広がると言う巨木が、老残の形を支えている姿が、無惨と思われたからである。 大きな枝はただ残骸だけになり、その腐った先から新しい枝が出て、か細い花が咲いている。 その枝の別れ目の大きく裂けた間に、柘植の木が群生しているのがいっそう痛ましく、老残の木の枯死する寸前と言う感じを受ける。・・・一体に蕾も小さくもう散り際なのか、その名の通りほのかに薄墨色に見える。
これでは人がわざわざ見に来ないのも道理である。・・・もう枯れますよと言うことを露出している。・・・この桜は、この山奥に隠棲中の継体天皇が都からの迎えの人に連れられて村を去るときにここにお手植えされたものである。その時の御製と言う歌の中にわずかの間ここに住んでいたという意味であろう、薄住と言う言葉があり、それがこの桜の名の元になったという。・・・私は一種の感動に心を奪われながら、もう一度この桜に萬朶(ばんだ)の花を咲かせることができないものかと言うことを考えた。
「私の車屋は、自分のことをチャッと名乗っている。・・・どちらの方角にチャッが走っているのか、私には皆目わからない。・・・そうこうしているうちに、再び別の丘の麓に車が止まった。・・・何かの象徴でもあるらしきものが建っている。・・・しかし、不思議な荘厳さがある、得体の知れない美しさがある。それは鳥居だった。・・・寺ではなく、この国の古代信仰の神を祀った社、つまりお宮である。 私は神道の象徴である鳥居の前に立っている。・・・鳥居の持つ全ての線に生き生きとした表意文字の品格がある。・・・鳥居を組ウリ100段余りの石段を登る。・・・私の目の前にあるものに、私の心から釘付けとなった。それは言葉を失うほどに、美しいものに覆われた桜の木立であった。すべての枝と言う枝に、夏の積乱雲のように、純白の花が咲き乱れ、目もくらむむほどに霞んでいる。その下の地面も、私の眼前の小路も柔らかく、厚く、芳香を漂わせて散った花びらの雪で、一面真っ白だった。どうして日本の樹木はこんなに美しいのか。・・・葉1枚も見えない。そこには、大きな1枚の薄模様を見るような花びらの霞があるだけだ。」
想像すると大島桜かなと思います。大島桜は花がほぼ純白で個体によっては葉が出ないようなものもあります。この当時であれば横浜あたりはソメイヨシノも植えられていたと思いますので、その可能性もあると思いまが、純白であるとか、花に香りがあると言う記述があるので、ソメイヨシノではないかと思います。大島桜は香りがあります。