松本泰生(階段研究家) ・「上って下って32年、我が“階段人生”」
早稲田大学オープンカレッジ講師の松本泰生さん(59歳)は東京に来て、初めて坂が多く、地形や山並みが複雑に変わる街に興味を覚え、屋外の路地などにあり人々が通り抜けに利用している東京中の階段を巡って、斜面地の研究で工学博士号を取得しました。 形状や段差数、そして傾斜、ステップの幅あるいは段差を計測して、歴史的背景なども調べて写真に収めた階段は、山手線の中だけでも650カ所近くにのぼります。 階段研究家を名乗るほど松本さんを夢中にさせた階段の魅力とは何なのか、30年余りにわたってひたすら登って下った、階段人生を聞きました。
もともと私は静岡県静岡市の出身で街が平らなんです。 大学入学して東京に来ましたが、こちらは割と坂が多くて、街中には階段が多くて、階段を上った先にも街がずっと広がっている。 新鮮に感じました。 私は都市計画を学んでいましたが、フィールドワークがしばしばあって、神社にも階段があるし、そうでないところも階段がたくさんあります。 それから階段を調べ始めました。
最初は山手線の内側の都心部を調べて行ったら、650カ所ぐらいありました。 本を出したらそれに反響がありました。 階段歩き講座をやるようにしました。23区に広げていきました。 3500箇所ぐらいあるようですが、リストアップしたのが2500位です。 住宅地図に階段が載っています。 記録に残したいので写真は撮ります。 段数はできるだけ数えるようにしています。 幅1段の奥行き、高さ1つとして同じようなものがないです。 坂道は車とか自転車で通り抜けられますが、階段は通り抜けられません。 歩行者だけのもの結果的には面白い空間ができています。(穏やかな空間)
港区に愛宕山と言う小さな丘があります。 愛宕神社があって、そこに登る男坂というのがあります。 3代将軍家光がその階段を見て、上のほうに梅の花が咲いてるのを見て、馬に乗ってその梅の取ってこられるものはおるかと聞いたところ、曲垣平九郎と言う武将が馬に乗ったまま取ってきて、馬術の名手ということでしたと言う話があり、今は「出世の石段」と呼ばれています。 急な階段で86段あります。
変わった階段で、文京区のほうに庚申坂と言う階段があります。 地下鉄の丸ノ内線から一瞬階段が見えます。 板橋区の成増のほうに昔は地層が見えていた崖があり、そこの階段が上の方からの景色がすごくいいんです。 武蔵野大地の北の端に当たっていて、埼玉県の方まで景色が見えるところです。 高輪の階段では、品川駅周辺の高層ビル群が見えます。(東京ならではの景色) 赤坂見附の近くの日枝神社では、お稲荷さんが祀られています。 そこの稲荷参道は赤い鳥居がずらっと並んでいて、そこ抜けながら登っていくところでは百基位の鳥居があります。
本郷に樋口一葉が昔住んでいた路地裏がありますが、そこの奥に階段があります。昔ながらの風景があります。 神楽坂に熱海湯と言う銭湯がありますが、その脇をを緩やかに登っていく階段があります。 熱海湯階段と通称を呼ばれています。 両側には料理屋さんが出店していて、雰囲気がいいです。 北の丸公園に清水門と言う門があって、そこの中にある階段は昔のままの姿をとどやています。 緩やかなんだけれども、1段1段の石が大きくて登るのが大変です。
港区の麻布台に雁木坂と言う階段がありまして、そこは両側に桜の木があります。絵になる階段です。 王子のほうにある王子神社の近くを流れている音無親水公園に向かって降りてくと、階段の脇に樹齢が600年を超える大きな銀杏の木があります。 秋には黄色い葉っぱが階段を埋め尽くします。
階段に関するガイドをしています。 赤坂とか本郷とかエリアを決めて、そこにある階段を次々に巡っていきます。(2、3時間) 神社やお寺のコース、近代建築コース、昔の大名屋敷の後の坂、階段コース等。 新宿区の四谷、荒木町界隈、ここは大名屋敷、松平摂津守の屋敷、街自体がすり鉢状の窪地になっている。 階段でしかいけないような路地空間が作られている。 四谷に須賀神社があって、アニメの映画などで取り上げられた著名な階段があります。 映画ファンからは聖地のようになっていて、外国からもたくさん来ます。 本郷一帯も坂があり戦災にも会っていないので古い建物もあり魅力的です。
大森駅の西側に山王と言う地区があります。さらに行くと馬込と言う場所がありますが、かなり地形が複雑なところです。 階段が非常にたくさんあります。 多くの作家さんが住んでいた場所です。 赤羽にはもともと軍用地が結構ある場所です。その後が団地になってたり、公園になってたりしてます。 ここも歩いてみないとわからない面白さがあります
東京では高台と下町のところをつないでいるのが確かですが、一方で2つのエリアを切り離している。 階段から上は高台の街、階段から下は下町と階段が目印になってる面があります。 お寺とか神社は階段を上った先に、社お寺があることが多い。 日常生活の俗世間と、神社、お寺の聖域を階段がつないでいるが、一方では俗世間と聖域を切り離ししている。 俗世間から階段を上ることによって、聖域にアプローチする準備ができる空間かなと思います。 江戸時代は高台は武家屋敷が多くて、低い側は町民地になっていた。 明治以降は高台は住宅地、低いところは商業地と言うような区分けになっています。 とりあえず階段から見て、建築だったり、街であったり都市であったり、そこに興味を広げていただければいいなと思います。 ちょっと運動にもなると思います。