江戸前落語の基礎から叩き込まれた正統派の評判の桃月庵白酒さんの師匠は、落語会では4人目となる人間国宝の五街道雲助さんです。 人間国宝の五街道雲助さんと弟子の桃月庵白酒さん、どんな師弟関係で、どんなドラマがあったのでしょうか、お話を伺いました。
桃月庵白酒さんは鹿児島出身(57歳) 早稲田大学落語研究会出身。
五街道雲助さんは、本名は若林恒夫さん、1948年昭和23年東京墨田区本所で生まれます。 演芸好きの母の影響で幼い頃から寄席に通い、明治大学に入学後は落語研究会に所属していましたが、2年で大学を中退、1968年昭和43年20歳で10代目 金原亭 馬生に入門し、金原亭駒七と言う前座名を貰います。 弟子入りして最初に稽古をつけてもらったのは、馬生師匠の父である古今亭志ん生、実在の武将、太田道灌の逸話を元にした「道灌」と言う話でした。
2つ目に昇進し、6代目五街道雲助と改名したのは入門の4年後、昭和47年でした。浅草の酒場で作家の野坂昭如さん、田中 小実昌さん、俳優の殿山 泰司 さんと知り合いかぎ?を伸ばしてアングラ劇の芝居に出演する一方、この頃から初代三遊亭圓朝が創作した怪談話や人情話にも取り組みます。 国立演芸場の資料室などに通って古い速記本を掘り起こす作業を地道に続け、およそ40席の古典作品を復活させました。
1981年(昭和56年)真打昇進、2009年度文化庁芸術祭優秀賞、2013年度芸術選奨文部科学大臣賞大衆芸能部門受賞、2016年紫綬褒章受賞。 2023年には、三遊亭圓朝の大作を復活させるなど、独自の芸を作り上げ、東京の落語界を牽引する本格派の演者と評価を受け、5代目柳家小さんさん、上方落語の3代目桂米朝さん、10代目柳家小三治さんに続いて、落語家では4人目となる重要模型文化財保持者(人間国宝)に認定されました。
白酒さんは1992年(平成4年)に五街道雲助師匠に入門します。 先輩に誘われて、五街道雲助の独演会に行ったのが最初でした。 まず声が良いなぁと思ってそこからです。 ネタの作り方とか、くすぐり方などわかりにくい、くすぐりなども入れて、わかる人だけついてこいみたいな高座が私の好みにぴたっと合いました。 でも当時は就職しか考えていませんでした。 落研の同期が落語家になろうかなぁと言い出して、そういう選択肢があるのかと思ってそこからです。
雲助の弟子になろうと思いましたが、ダメだったら噺家は諦めようと思ってました。 上野の鈴本演芸場に行って、お願いしました。 11年間弟子を取らなかったのを弟子入りを許してもらえました。 私には現在4人の弟子がいます。 うちの師匠は、馬生師匠から「家族に余計なことを言うな。」と言われて、うちの師匠からも同じように言われました。 掃除をやるだけで、それ以外は速記本などの本を読んでるだけでした。 最初の稽古のときには、こういう姿勢で入りなさいとか、視線をどうするかとか、昔の芸人だったら正面を切らなけれダメだとか、丁寧にいろいろ教えてくれました。
話の内容についても細かく説明がありました。2回目以降はほとんどありませんでした。 「いちいち俺の真似をするような事はしなくていい。」と言うふうに言われました。 「人気の師匠だったり、見たこともないような師匠もいるかもしれないけれども、分け隔てなく接しなさい。」と言われました。 「寄席はチームプレイだから。」と言われました。 師匠から褒められた事はないですね。 真打に決まった時は「良かったな。」と言われた位です。 怒られた印象もあまりないです。 一度師匠の着物を持ってくのを忘れてしまいましたが、その時は首だろうと思って、自分で頭を丸めましたけれども、その時はあまり怒ってはもらえませんでした。 むしろ怒ってくれた方がだいぶ楽でした。
今私には4人の弟子がいます。 弟子にはあまり細かく言わないようにはしています。 自分でもそうだったもので 教えないと考えるもので、これはいいことなぁと思うようになりました。 二つ目に上がったのが、入門3年目の1995年で、「五街道はたご」から「五街道喜助」と名前が変わりました。 2005年に真打に昇進し、「桃月庵白酒」と言う名前になりました。 「桃月庵」と言うのは、師匠から提示があったいくつかの1つでこれに決めました。
2023年五街道さんは、落語家では4人目となる重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定されました。 私はうれしいと言うよりは、信じられないって言う気がしました。 師匠も驚いたようでした。 結局、お祝い事のイベント等はやりませんでした。 弟子だけで贈り物はしました。 高座で使う茶碗をプレゼントしました。 落語フアンとして言わせてもらうと、人情話、滑稽話、怪談話も幅広く出来てしまって、私も目が見る目があるなぁと思いました。 師匠からは「とにかくお客さんに喜んでもらうように。」と言う事は言われています。 師匠からはいろんなものをもらったりしていましたが、芸名がついたときに、一筆箋に「五街道はたご」と書かれたものを渡されましたが、それが1番大事なものです。 あと師匠の所へ向かう時に買った切符は大事に持ってます。
師匠への手紙
「師匠、弟子入りを受け入れてくださり本当にありがとうございます。 自分の弟子を取って改めて師匠のありがたさを感じました。自分のペースを乱されることを何より嫌がっていた師匠ですから、弟子は邪魔以外の何者でもなかったと思います。不器用でことさらできの悪い弟子で、イライラされたことと思いますが、ご迷惑をおかけしました。国宝に認定され、さらにマイペースとはかもしれませんが、面倒なところは弟子や孫出しをうまく活用してできれば幸いです。 これからもよろしくお願いいたします。」