翁家和助(太神楽曲芸師) ・「太神楽で、芸術選奨 大衆芸能部門 文部科学大臣新人賞!」
翁家和助さんは1977年東京都出身。 和助さんは、高校卒業後、国立劇場第1期大神楽研修生になり、研修終了後翁家和楽さんに入門、寄席を中心に活動しています。 今年2026年大神楽で令和7年度芸術選奨 大衆芸能部門 文部科学大臣新人賞を受賞しました。
何で自分がもらえたんだろうと思いました。 文化庁の公式ホームページに受賞理由が出てます。 どのような出番で高座に上がっても、きちんと存在感を示し、後に上がる落語家の邪魔をしない、わきまえた芸が芸人仲間から高い評価を得ている、と言う事ですが。
妻の翁家小花と弟子のと3人で、翁家社中と言う太神楽曲芸のグループで活動しています。大神楽は獅子舞で、檀家のところを回るんで、檀那場廻りといいます。 廻ってお祓いをして、その家の立身出世とか。家内安全、商売繁盛をお祈りして家々を廻っていくと言うのがもともとが芸能です。 その前は獅子舞もなくて、いけない方々に神社の方からお札を持って、お祓いしますと言うのが始まりでした。
太神楽と言う芸能自体が感謝の気持ちで発展してきた芸能です。行った先がいろいろ持てなしてくれました。 お札だけでは申し訳ないと言うことで、獅子舞をやり出しました。 もてなし側もさらに凄くなって獅子舞だけでなく、曲芸とかを加えることによってさらに喜びました。 さらに漫才と加えることによって発展した芸能でした。 江戸時代より前からです。
傘の上に一升枡とか、土瓶とかそういった台所道具などを回す芸で発展していきました。 最初は毬を使って稽古します。 現在48歳です。 高校生の時に先生から就職するのに公務員で試験もないのもあると言うことを聞いて、それとは違っていましたが、国立劇場第1期生の募集がありましたので、それを受けて入ることになりました。 基礎的なことを2年半勉強しました。
卒業後、落語協会に入りました。 うちの師匠翁家和楽の元で修行を重ねました。お正月は基本的に獅子舞をやりますが、末広亭の楽屋は狭くて足の踏み間もない位でした。 獅子が置いてあったのを取ってくれと言われて、獅子頭跨いでしまいました。 そうしたら師匠から明日からもう来なくていいと言われました。獅子頭は神様です。 師匠がよく言ってたのは、「お金のため、自分の立身出世のため、名誉とか、自分の私利私欲のために太神楽を使ったやつは神様からバチが当たってろくな事は無いから。」と言われました。 「程を知れ。」と言う事は師匠からよく言われました。
太神楽の演出は必ず神様に向かってお願い事をする儀式的な部分(舞い)があります。 その後お客様に対して楽しませる部分があります。 この2つがセットで初めて神楽になります。 神様に対するお願いと、人々に楽しんでもらうということです。
経歴は27、 8年になります 寄席では基本的には真打と真打の間にやります。 ですから、自分でも真打芸をやらないといけないと思い、これが大変でした。 おしゃべりもしますが、太神楽でしか起こり得ない面白いことを心がけています。 噺家さんの邪魔にはならない笑いを心がけています。 失敗した場合など、それを笑いに変えたりしてます。 太神楽と言うのは、舞いがあって、獅子舞いとか、神楽があって、その間に曲芸と茶番と最後に獅子舞があります。 太神楽を復活させ10年やって来て、これがだいぶ出てきてきましたので、次は神楽だけで会をやりたいです。