山本恭司(ギタリスト) ・ギターは生涯のパートナー
1956年島根県松江市生まれ。 15歳の時にギターを始め高校卒業後上京し、音楽専門学校に入学します。 在学中にロックバンドBOW WOWのリードギターリスト、リードボーカルに抜擢されます。 キッスやエアロスミスなどと共演して話題になります。 その後1986年からはイギリスに活動拠点を移し、活動していました。 帰国後は様々なアーティストのサポート、ソロでのライブ活動で全国を回っています。
*HOPE IS MARCHING ON / ホープ・イズ・マーチング・オン
最近弾き語りなどもやっていて、歌詞カードもコード譜も一切見ないで全部やっています。 BOW WOWの結成45年、20歳でデビューしました。(現在65歳) 結成が1975年でオーディションで集まったメンバーです。 最初プロデューサーがアイドルバンドのようなものを作ろうとしましたが、次第にハードロックバンドになりました。 ファンは今でも圧倒的に男性の方が多いですね。 デビュー前NHKラジオで渋谷陽一さんの洋楽ロック専門番組であった「ヤング ジョッキー」の番組で凄く反響がありました。 洋楽ファンの方も段々BOW WOWを認めてくれるようになりました。 NHKの教育テレビで3週にわたってBOW WOWがハードロック講座をやりました。 知ってもらうのに役立ちました。
1982年に香港、スイスのモントルー・ジャズ・フェスティバル、イギリスで行われた「レディング・フェスティバル」では満場のスタンディングオベーションを受けました。 バンド名をVOW WOWと改め、VOW WOWでは本格的に活動の場をイギリスに移す。 1986年ロンドンに引っ越して3年半活動しメジャーデビューしました。
今年45周年記念ライブをやらせてもらう事になりました。 初期のころのものも考えています。
15歳になるちょっと前、1969年「ウッドストック」というフェスティバルの映画のギターリストを見て、カルチャーショックを受け自分でもやってみたいと思いました。 エレキギターを持つことによって自信を持つことができたし、それからの人生が明るくポジティブに開けてきたように感じます。 高校3年生の時に同級に佐野史郎がいまして一緒にギターを楽しんでいました。 今は「山本恭司弾き語り弾きまくりギター三昧」という形で回ることが多いですが、前半はアコースティックで後半はエレキギターでやっています。 ギターの深さ、面白さ、感動をしっかり伝えようと全国各地で一生懸命やっています。 一人だと身軽にいろいろなところに行くことが出来ます。
ロックファンにとってもクラシックは身近にあったし、姉がヴァイオリンをやっていたのでメロディーは残っていて、美しいメロディーを聞くとギターに置き換えてみたいという思いがあり、いろいろやっていました。
HOPE IS MARCHING ONというアルバムを出しましたが、癒し、優しさ、希望に満ちたアルバムを作りたいと思って作りました。 それはコロナの影響もあります。 オーケストラとの共演のライブバージョンも入っています。 やったのが大阪のシンフォニーホールというオーケストラの名門中の名門のホールでやらさせてもらいました。
*プッチーニの歌劇の曲 ソプラノシンガーの声にギターで近づけてやってみたいと思ったのがこの曲です。 「O mio bambino caro」
ご縁という事を強く思っていて、どんなご縁があって、自分の音楽、人生をどんなふうに広げて行ってくれるんだろうと、それを楽しみに毎日生きています。