澤田瞳子(作家) ・古代を書く楽しみ
明日香時代や奈良時代の作品をを多く発表している澤田さんに、「古代を書く楽しみ」と題して伺いました。
書いている小説が奈良時代の小説なので、それの取材、見たい展覧会だったりでよくよらしていただきました。 1977年京都府生まれ、母親は時代小説家の澤田ふじ子さん。 同志社大学大学院文学研究科で正倉院文書や奈良仏教史の研究に携わった後、2010年『孤鷹の天』で作家デビュー、奈良時代の大学寮を舞台にしたこの作品で中山義秀文学賞を受賞。 2021年『星落ちて、なお』で第165回直木三十五賞を受賞。 古代から近現代迄幅広い時代を描いた作品のほか、『日輪の賦』『与楽の飯 東大寺造仏所炊屋私記』『火定』『恋ふらむ鳥は』など、古代、明日香、奈良を舞台にした作品を数多く発表しています。
歴史小説は幕末とか、戦国時代の作が多い。 次に多いのが江戸時代かなあと思います。 古代史を書いた小説は少ないです。 もともと私は知らないことを知りたいという人間で、古代というのは分からないことが多いんです。 研究だけでは調べつくせないところがあり、想像に載せなければいけないところがあり、小説であれば、想像と研究を合わせて、もしかしたらあったかもしれない物語が作れる。
大学に入った時には、幅広く歴史をやりたいと思っていました。 先輩から古代史は資料がちょっとしかないといわれて、この道に入りました。 奈良時代の仕組みをを調べようと思うと学んだ中国の仕組みとか、朝鮮半島の仕組みはどうだったのかとか、を調べなければいけなかった。
『恋ふらむ鳥は』は額田王を描きました。 キャリア―ウーマンのおばさまでした。 40歳ぐらいの額田王から始まっています。 皆さん額田王は美人だったと思っていると思いますが、額田王は万葉集には外見が一つも出てこないんです。 天智天皇と天武天皇と三角関係で、恋多き女性=美人というイメージだと思います。 一時期天武天皇と結婚して、離婚したあと、天智天皇のもとで働いていた。 資料を観てゆくと本当にこの三人が三角関係だったかというとちょっと怪しいなと思いました。 三角関係のような歌を詠んだものが、実は40代半ばなんです。 「あかねさす紫野(むらさきの)行き標野(しめの)行き野守(のもり)は見ずや君が袖振る」 当時の40歳半ばと言うと今の60代、70代に近い。 天智天皇と天武天皇も孫がいる世代です。 あれは三角関係の歌ではなくて、かつて夫婦関係にあった人たちが長い時を経て、皆で笑いようなうたではなかったのかという説があり、私はそちらに乗っかりました。
支配者を中心とした女性たちの集団というのは、全然政治に関わらないというイメージがあると思いますが、奈良、明日香、平安時代の後宮の女性たちは、天皇を補佐して、どうかすると政治的な事にも取り次いだりする女性官僚だったんですね。 という事で働く女性という設定にしました。 日本の古代社会は女性たちも働いていました。 女性が中心で働いた時代は長い歴史の中では長い間あったんだという事を知ってほしかった。
『月人壮士』では聖武天皇を描いている。 結構女好きだったと思います。 光明皇后との夫婦愛みたいなものという事で小さいころ漫画の歴史で読みました。 聖武天皇はお妃がおおいんです。 当時はお妃が一人ではなくてはいけないという事はなかった。 我々は今の道徳でつい読んでしまうので。 そこが悩みです。
『火定』 奈良時代の天然痘の感染爆発、死の描き方も当時であればそうだったんじゃないあと思って書きました。 もしかしたら天然痘に罹っているかもしれないという事で、その子供たちを蔵に閉じ込めて皆殺ししてしまうというシーンがありました。 その当時の人ならばそうやると思いましたが、受け入れがたいと捉える人もいました。 2017年出版ですが、コロナ禍の前で予言したかのような作品でした。 2012年ぐらいに企画しました。 アフリカでエボラ出血熱が流行していた時期があり、奈良時代の天然痘の流行のテーマが私のなかで合致して書きました。 昔だけではなく、現代社会でもデマに振り回されるという事がり、吃驚しました。(トイレットペーパーがなくなる。)
古代の天皇は、地震、大雨、台風なども起きると全部天皇が悪いんだと言うような思想がある。 聖武天皇の時代はいろいろ起きました。 大仏を作ったり、都を変えたり試行錯誤しています。 聖武天皇は生まれた時から天皇になることが決まっていて、親を早くなくして、子供のころから苦労したと思います。 天皇を途中で降りて出家してお坊さんになってしまう。 他にすがるものが欲しい人だったのではないかと思います。
書きたいと思っていて書けないのが聖徳太子です。 伝記が広まってしまっていると、小説にするのが難しいです。 聖人君子、あまりに偉人過ぎて手が出しづらいです。
小さいころは本ばかり読んでいました。 母が作家なので小説雑誌が送られてきて、本になる前の小説が読めて、わくわくする体験でした。 作家になる気持ちはなかったです。 歴史に関わってゆくうえで、自分は緻密な人間ではないという事に気づいてしまいました。想像をするのが好きだったので、研究と小説と合体させればいいのかなあと思いました。
『孤鷹の天』でデビュー。 作家デビューなんていう気持ちは書いている時には考えていませんでした。 いまだに大学の事務員のアルバイトをしています。(土曜日) コピーとったり、お茶くみしたり事務員しています。(20年近くになります。) 作家として閉じこもっているのではなく、いろいろ経験したいと思っています。 病院の図書室の貸し出しのボランティアもしています。 本の最前線のところにいたいという思いがあります。 本当は本屋さんのアルバイトをしたいんですが、時間の問題があります。 歴史って楽しいよという人間が書いていますので、気軽に手に取っていただければ嬉しいです。