2023年1月28日土曜日

藤原しおり               ・肩書きのない働き方を目指して

藤原しおり               ・肩書きのない働き方を目指して 

高校まで岡山で過ごし、2017年にブルゾンちえみの名前で大ブレークしました。  印象的なメーク、ヘアースタイルを覚えている人も多いのではないでしょうか。 「35億」という歌で大人気になり、「35億」は2017年の流行語大賞のトップテンに入りました。   2020年にブルゾンちえみから本名の藤原しおりとして活動を開始、現在は動画投稿サイト ユーチューブの配信やラジオパーソナリティーとして活動しています。 

子供のころは頑固でした。    2人で遊ぶよりも3人で遊んだほうが、自由が利くので3人で遊ぶのが好きでした。    岡山では大阪から芸人さんが来ていたので、お笑い芸人になった一因かと思います。   一旦自分でも休憩したい、落ち着いてみたいという事もあって(2020年 コロナ)、ぼちぼち生きるという事を目標に生きています。  

「35億」というネタを作った時に、ワードが流行るなんて一切思っていませんでした。  吃驚しました。   自分の好きなことを詰め込んだだけだったので。  音に何かをはめるのが好きでした。  音楽を決めてからネタを作っていました。  大学3年のあとちょっとのところで中途退学しました。    先に何があるから辞めるという事ではなくて、今ここで立ち止まるという事をさせて欲しいと思いました。  このまま走り続けると取り返しのつかない、もっと精神的にも落ち込んでしまうかもしれない、這い上がって来るのにももっと時間が掛かってってしまうかもしれないと思って、ブルゾンちえみとしての忙しさで心身ともに又大学の時みたいな感じの時が来たぞと思って、今回は大学の時の様に落ちてしまう前に、自分でストップを掛けました。

ブルゾンちえみは舞台上でやれるからのキャラクタ-でした。  いつの間にかみんなの要望に応えるいい子になっているじゃないかと、かっこよかったはずのブルゾンちえみが違うキャラクターになって行っているのが悲しくて、私の好きなキャラクターのままでいて欲しいから、舞台から下がろうかという思いもありました。  

岡山のかっこいい先輩に認められたいという思いが、お笑い欲を掻き立てる原点になっています。   ここまでやれば怒る、ここまでやれば笑う、とトライアンドエラーでデータを貯めて行ったと思います。(中学時代)   みんなに面白いと思われたかった。    お笑いに目覚めたのは小学校5,6年生のころでした。   お笑いでこんなに人間関係が円滑になるんだと思いました。 

2018年西日本豪雨があり、実家も被害を受けました。  忙しいなか1日休みが取れそうで、地元か真備か、迷いましたが、真備の現状を確認したくて真備に行きました。    情報が多くて、何が必要で何が優先順位なのか、私のなかではさばけなかったので、行きました。  ブルゾンちえみの顔で行った方が地元の人たちにも喜んでもらえるのではないかと思って、ブルゾンちえみの顔で行きました。  喜んでもらえたかと思います。     

ブルゾンちえみを辞めた時にしっくりくる肩書がありませんでした。   肩書きのない状態での働き方を目指しています。   ブルゾンちえみの時代は時がどんどん流れて行き、書き留めておかないといけないと思って、十年日記を購入しました。  一日2行書けばいい。    1年後、2年後の自分が比較出来て、変化もわかるし面白いです。  28歳から始めて今は半分ぐらいです。   ブルゾンちえみのブルゾンはジャケットの名前なんです。