2023年1月25日水曜日

阿見みどり(画家・編集者)      ・〔心に花を咲かせて〕 万葉人の想(おも)いを絵巻で伝えたい

 阿見みどり(画家・編集者)      ・〔心に花を咲かせて〕  万葉人の想(おも)いを絵巻で伝えたい

全4巻の万葉絵巻を10年かけて完成させた野の花画家の阿見みどりさんへのインタビュー。 万葉集学者だった父の影響で万葉集が身近だったという阿見みどりさん、思い起こすと万葉集の歌に心を支えてもらい、さまざまな場面で助けてもらったと感じているそうです。  人の心に寄り添う万葉集の価値をもっと知ってもらいたい、英訳すれば海外でも判ってもらえるはずと、英訳も付けました。   万葉集のどんな歌にそんな力があるんでしょうか。  何故そのように思うようになったんでしょうか。  

中学の時に鳥羽僧正の鳥獣戯画を見たときに、場面がどんどん変わってゆきわくわくして、そういう絵本作家になりたいと思いました。   特にお花の絵を描くのが好きで、少女のころから描いていました。  絵巻に憧れていました。  美術館にもよく行きました。 万葉にはお花が必ず出てくる情景なので、万葉のお花のカレンダーを毎年描いていました。その原画展を20年間ぐらいお披露目していましたが、10年前の時に作業に入りました。 それが今回出来上がりました。    父が万葉学者だったので、夕焼けも綺麗だけれど朝焼けも綺麗で、こういう歌があると「東の野に炎の立つ見えてかへり見すれば月傾きぬ」と言う柿本人麻呂の歌をそらんじて言うんです。  

祖父から法学部に行くように父は言われたそうで、東大の法学部に行きましたが、合わなくて文芸部を作って活動していたら和歌のかわだますみ?先生と出会い、万葉集の方に傾いていきました。   文芸部には中島敦さん(作家)、野上彰さん(詩人)などがいたそうです。   父は万葉に時空をおいているような人でした。  鳥が飛んでいたりすると近江の海夕波千鳥汝が鳴けば心もしのに古思ほゆと言う柿本人麻呂の歌を歌うように出てくるんです。   散歩のとき、お風呂の時などにはよく歌っていました。   考え方、価値観、感動にしても父が道を指し示してくれたような感じがします。   うちだけが辛いのではなく、どこの家でも辛いんだよとか、父はそういう言い方をするんですが、万葉の時代だってこうなんだよって、「世間(よのなか)は空(むな)しきものとあらむとそこの照る月は満ち闕(か)けしける」と言って聞かせました。  「世間(よのなか)を憂(う)しとやさしと思へども飛び立ちかねつ鳥にしあらねば」(山上憶良)   父は万葉の心で乗り切ればいいんだよと、母にも言っていました。   素朴な生の声がリズムになって詠まれているので、受け入れられる歌なのかと思います。   自然のリズムに集結するような気がします。 

中学生の時に6人目の誠?という子が生まれて、1年2か月で急死してしまいました。   父はその時にあたりかまわず号泣しました。   あとで「銀も金も玉も何せむにまされる宝子にしかめやも」(山上憶良) と宝の子なんだから泣くのは許してくれと言っていました。   

私も、自分でも無意識に言っているようです。  父は戦争で南方のセレベス島に派遣されて、日本語の普及の役割をしましたが、文部省の偉い人の帰国のカバン持ちをして帰ったら戦争が終わってしまって、島に残った人は命を落としてしまったそうです。  自分の命は自分一人だけの命ではないというような思いで、人が変わったような自制的な生き方をするようになって、そこに私たちも巻き込まれてしまいました。  日本の復興のためには国語の教育が大事だという事で解釈学会を作って、「解釈」という月刊誌を初めて、今でも続きています。  言葉が人を作る基本だという事が父の持論でした。  

大学の先生でしたが、給料は右から左に印刷所に行きました。  父は生活費を入れないので母は化粧品のセールスマンになって、私たちを育ててくれました。  私は「解釈」の月刊誌の手伝いをしました。  卒論にも万葉集を選んだし、万葉集が好きになって行きました。  辛い時、自分ではどうしようもないと思った時などには、 「熟田津(にきたつ)に、船(ふな)乗りせむと、月(つき)待てば、潮(しほ)もかなひぬ、今は漕(こ)ぎ出(い)でな」(額田王) 旅に出る船待ちの歌ですが、宇宙のリズムですが、潮が満ちてきたら宇宙のリズムが押してくれるという信じるものがあって、今は潮時だから飛び出そうとか、もうこれからは良くなるぞとか、人生の節目節目とか辛い時には、口ずさんで出ます。  石走る垂水(たるみ)の上のさわらびの萌(も)え出(い)づる春になりにけるかも志貴皇子  岩のところに落ちる冷たい水、そのほとりにさえ蕨の目が萌え出ている、こんな寒い時でも春になったんだなあと言う歌ですが、こうして春を待って元気をもらっているんだなという、人間の生活のなかでも自然が助けてくれて、生かされているんだなという事は万葉集のなかはいっぱい出てきます。  万葉集は心の叫びみたいなものがいっぱいあります。  

万葉集を海外の人にも知ってほしいと思って、英訳もしました。  万葉集は4500首以上ありますが、その1/3に植物が出てくるぐらい生活の中に入り込んで、薬草が空気と同じぐらい身近にかかわっていた。   植物の歌が1600首ぐらいあります。  20巻ありますが、大きく4つにわけて、①自然賛美の歌、②愛の歌(一番多い)③愛以外の心 ④草花があり、25首づつ選んで4巻にしました。  父は「万葉集百首歌の研究」という著作誌を出しています。    

わが屋戸(やど)の夕影草(ゆふかげくさ)の白露(しらつゆ)の消(け)ぬがにもとな思(おも)ほゆるかも」(笠郎女)                         自然の中に身を置いて時間を感じてゆく、そういう感性みたいなものを、時には体験して、情報、情報に追われないで、宇宙のリズムの気配を感じるよすがにして頂ければいいなあと思います。  自然に対して有難い気持ちが一番強いです。