俵万智(歌人) ・歌ありてこそ 俵万智の35年
俵万智さんの第六歌集「未来のサイズ」がこの春第55回迢空賞と第36回詩歌文学館賞のダブル受賞をしました。 俵万智さんさんは大学卒業後の1986年に「8月の朝」で角川短歌賞を受賞し、短歌界にデビュー、翌1987年第一歌集『サラダ記念日』はリズミカルで斬新な口語表現の歌でベストセラーとなりました。 生きていることは歌う事という俵さんが日々の暮らしの中での思いを歌に詠み、一人の女性として母となり、仙台、石垣島、九州の宮崎と移り住んできました。 新たに暮らした土地でその土地固有の風土を味わい、そこで暮らす人々との交流を楽しみ、子供の成長、親、兄弟、恋人と様々な人間関係の情感と機微を歌に表現し続けてきました。 第六歌集「未来のサイズ」に収められた418首はそれまでの俵さんの作風とは大きく変わり新たな境地を見せています。 歌と共に自立し、自由に時代を生きる俵さんに歌詠み人生のこれからを聞きます。
第六歌集「未来のサイズ」は自分としても手ごたえのある歌集だったので、ダブル受賞という事で大きな花束を頂いたような感じです。 第一歌集『サラダ記念日』 タイトルにもなっている「この味がいいねと君が言ったから七月六日はサラダ記念日」 この歌があります。 「「嫁さんになれよ」だなんてカンチューハイ二本で言ってしまっていいの」
深刻な感情でも軽く歌わざるを得ない切なさみたいなのが伝わるといいなあと、本人は思っていたんですけれども。 この歌を発表した年の短歌関係の雑誌を開くと、石を投げれば缶酎ハイに当たるだろうというぐらい、取り上げられた歌で私としてもすごく驚いた記憶があります。 サラダがおいしかったというようなささやかなことをキチンキチンと記念日として定着させてくれる、それが自分にとっての短歌だなあと思ったので、タイトルにしたという記憶があります。
言葉は発明はできないが、組み合わせは無限にあります。 組み合わせを工夫してゆくということが言葉の表現をするという事で、サラダも記念日も誰でも知っている単語ですが、それを組み合わせて使う事で新しさが生まれる。 表現の喜びはそういったところにもあるかもしれません。
35年はあっという間でした。 短歌を作る姿勢は作り始めた頃とそんなに変わっていないと思います。
第六歌集「未来のサイズ」
「ゴミ出しのお陰で曜日の感覚が保たれている今日は火曜日」 今までなにげなくしていたことが、コロナで出来なくなってもゴミは出すことがあって、今日は燃えるゴミの日だから火曜日なんだと、実感を詠んだもので、一方でごみを集めてくださる方は変わらず働いてくださってるんだなあと、その両方を感じて詠んだ歌です。
「四年ぶりに活躍したるタコ焼き器ステイホームをくるっと丸め」 忘れられていたタコ焼き器が活躍したが、コロナ禍ではいろいろな家庭でこんなことが起こっていたかなと思います。
「第二波の予感の中で暮らせどもサーフボードを持たぬ人類」
「トランプの絵札のように集まって我ら画面に密を楽しむ」
人類という言葉を短歌に使ったのは私は初めてで、人類の一員としてコロナに向き合っているという感覚は働いたと思います。 コロナの波に対してなすすべもなく波を待っているしかないという感じ。(ワクチンがなかった当時) 人類がサーフボードを持つのはいつ頃だろうという気持ちで詠みました。
リアルではないが画面に集まって、画面では密になって楽しんでいるよと、そんな一首です。
ライフスタイルや人生のステージに合わせて住むところを選んできたかなと思います。 基本は自分が住んでいる場所を出発点にするというのが多いです。 宮崎、石垣島で暮らし始めて生まれた歌かなと感じています。
「夕焼けと青空せめぎあう時を「明う(アコー)暗う(クロー)」と呼ぶ島のひと」 自然が大きくて青空の青がまた青い、夕焼けの赤が強烈で、戦っているような時間帯がある。 景色があるから言葉がある、言葉の原点があるというような気がしました。
雨という言葉には日本語にはたくさんある、世界にはそんなにはない。 実際にいろんな表情の雨が日本に降ってるからこそ、細かな表現が生まれたことです。
「制服は未来のサイズ入学のどの子もどの子も未来着ている」 これは息子の中学校の入学式の時の歌です。 中学生はすぐにどんどん大きくなる。 どの子もどの子もぶかぶかの制服を着ている。 この子たちは未来を着ているんだなあと感じました。
「シチューよし、高菜漬けよし、週末は五合の米を炊いて子を待つ」 気合をかけて待つという事で、よしという言葉を入れました。
「日に四度電話をかけてくる日あり息子の声を嗅ぐように聞く」 耳を澄ますようなだけでは足りないような感じ。
若山牧水は宮崎生まれでして若山牧水が好きですし、第四歌集で若山牧水賞受賞したことなどもあり、宮崎とはいろいろな人とのご縁があり、宮崎に住むようになりました。 子育てを通して生きることをもう一度考え直したり、言葉を見つめ直したりして、第四、第五歌集当たりで出てきまして、地方から日本を見つめる視点も出てきたと思います。
「テンポよく刻むリズムの危うさよナショナリズムやコマーシャリズム」 言葉の力の大きさと怖さを詠んだものです。
「自己責任 非正規雇用 生産性 寅さんだったら何て言うかな」 寅さんみたいな人が自由に楽しく生き生き生きている社会は或る意味すごく豊かなんじゃないかなあと思います。 リトマス試験紙のように寅さんを捉えた一首です。
「美しい水であれたか茂りゆくこの言の葉のクレソンの味」 子供の言葉がみずみずしく美しく茂るような水であれたかなあという、そんな感慨を詠んだ歌です。
「生き生きと息子が短歌詠んでおりたとえおかんが俵万智でも」 親が歌人であり、思春期の男子がこんなに楽しそうに短歌を作るもんだなと吃驚して、反発なんかないんだなあと思って作った歌です。 批評を言ってくれたりします。
「シャーペンをくるくる回す子の右手短所の欄のいまだ埋まらず」 息子から「長所の欄がいまだ埋まらず」のほうがいいのではないかと言われて、 思春期らしい葛藤があって面白いとは思いましたが、そのままにしておきました。
「別れ来し男たちとの人生の「もし」どれもよし我がラ・ラ・ランド」 映画を見終わって、「もし」この人と、という事を考えましたが、どれもよさそうな出会いだったのかなと感じ歌に残しておきたかった一首です
自分が生きている時間、出来事、出会ったことなどを味わい直す、見つめ直すという事として歌がある、そんな感じです。
「求めているのは恋人とつげられる深夜番組の心理テストに」 心理テストをやらなくても判っているじゃない、そんな歌です。
短歌は手紙というような感覚でとらえています。
「最後とは知らぬ最後が過ぎてゆくその連続と思う子育て」 子育ての実感です。 子育てに限らず人生もそうかなと思います。 意外と最後という事を気づかずに迎えていると思います。 これが最後かと思うとより大切に生きられるような気もします。
言葉は使えば使うほど増えてゆくので、年齢を重ねるという事は言葉が増えてゆくことなので、これからの時間もそういう事で楽しめたらいいなあと思います。