小澤俊夫(口承文芸学者) ・〔人生のみちしるべ〕 心を励ます声~昔話と我が人生 後編
昔話は、田舎ではおじいちゃん、おばあちゃん、親などが囲炉裏端で語って聞かせました。 囲炉裏端伝承という言葉がありますが、ラジオがない時代は夜には年寄りの話を聞く以外娯楽がないわけです。 話を聞くのに相槌を打たないと話せないという事で、新潟では「そうさ」と言って聞いていました。 (「ふーん」という相槌は、否定することだそうです。)相槌を打つことで語り手と聞き手が一体となる。 一番長く聞いたのは鈴木サツさんという方と 正部家ミヤさんという岩手県遠野の姉妹でした。(二人ともなくなっている。) 素晴らしい語りをしました。 語りにリズムがありました。 鈴木さんからは188話聞きました。 録音してCD付の本にしました。
そういったことを世界学会で話すとヨーロッパの人たちはいいなあというんです。 ドイツ,フランスなどでは1950年代には伝承的な形は完全に消えてしまったそうです。 ですから全部活字で読んでいるんです。 オーストリアの東チロルの田舎ではストーブの周りで語っていました。 火が中心になるみたいです。
ドイツの大学で2年間民俗学の客員教授をしましたがそれがいい経験でした。 ゲッティンゲン大学は元々グリム兄弟がいたところなので、世界の昔話研究の中心なんです。 そこのクルト・ランケという主任教授と親しくさせてもらいいろいろな人と親交を深めることが出来ました。 (1960~1970年代)
筑波大学を定年退職した後に昔話大学を設立しました。 定年近くは副学長をしていて、朝日新聞の記者から定年後のことを聞かれ、昔話大学の構想を話したら、新聞に載って全国的に知り渡りました。 始めたら14か所ぐらいから声が掛かりました。 それから30年ぐらいが経ちました。 昔話の歴史、理論、グリム童話のことなどを話すと納得してくれて、お母さん方の勉強意欲は凄いと思いました。 昔話は読まれてきたのではなく語られて来たんです。 実際に聞いて来たので、語る言葉に非常に興味があります。 本から覚えているお母さん方に、語る文章に作り直すようにやったらいいのではないかとけしかけています。 「再話」と呼んでいます。
お母さん方が高齢者施設に行って語るととっても喜ばれるそうです。 俺にも出来ると言って語る人もいるそうです。 活性化するようです。
「三年寝太郎」が好きですね。 若い時には寝ていてあるとき知恵をだして、幸せを獲得して行く。 ほとんどの人の人生そのものだと思います。 基本的人生の構造と考えるとこれは実人生そのものですね。 凄い知恵ですね。 人生の本当のことを語ってくれている。 こういった内容の話は世界中にあります。
ドイツの昔話で「怖がることを習いに出かけた若者のお話」というタイトルの話があります。 これはグリム童話なんです。 男の兄弟があるが、そのうちの一人が怖いという事が知らない。 親父が怖いという事を習って来いと教会の管理人にゆだねる。 夜の10時に塔に登って鳴らせることをやらせる。 管理人は先回りをして白いシーツを巻いて窓辺にぼーっと立っている。 それに向かって返事をするように言うが、返事をしないものだから突き落とし大けがをさせる。 父親はもう家には置いとけないと言って金を渡して追い出す。 僕に怖がることを教えてくれた人にはお金をやると言って歩くと、いろいろな人がこわがることを教えてくる。 泥棒が死刑になって首吊りになって3人がぶら下がっている。 その下に行けば怖がるだろうと言われて、やってみるがちっとも怖いと思わない。 風で揺らいでいる死体を見て、寒そうだと思って降ろして身体で温めてやる。 温もりで息を吹き返してしまう。 その男が彼の首を絞めようとするので、俺に対する恩返しかと言って、もう一回ぶら下げてしまう。 いろいろやっていって最後に教会が呪いがかけられていて、王女様が教会に閉じ込められている。 教会に泊って夜どんなことがあっても、「怖い」と言わない男が現れたら王女は解放されるという話で、3晩繰り返したら王女は解放される。 解放させたものには王女と結婚させるというお触れを王様が出す。 僕がやってみるという事で夜中にいろんなことが起きる。 とうとう呪いが解け王様は王女と彼を結婚させる。 その後も怖いって何だろうと言っているので王女は気にいらなくて或る晩、寝ている彼の布団をはいで、バケツに小魚が沢山入った水を彼にぶっかけるんです。 ベッドが水浸しになり小魚がぴちぴち跳ねて「怖い 怖い」と言ったそうです。 結局女房が一番怖かったという話です。
最初はくだらない話だと思っていたら、みんな人生怖いことを習いに出かけているんじゃないかな、という事に気が付きました。 弟の征爾が23歳の時に神戸から貨物船に一人で乗って留学するために出かけたんです。 僕が見送って、パリに行ってブザンソンで優勝したんですが、今考えると彼は怖がることを習いに出かけたんだと思うんです。 若者たちみんなそうだと思います。 昔話は人生の大事なところを言い当てているんです。
音楽の基本は声です。 生の声は魅力がある。 そういう点では音楽も昔話も全くおんなじです。 作曲法も昔話に実に近いんです。 昔話は同じ場面が出てきたら同じ言葉で繰り返しでやるのがいいんです。 耳で聞いていて判りやすい。 音楽も同じ音形が2度出てこない音楽はないです。 2度以上繰り返し出てくる。 音楽において繰り返すことは決定的に大事です。 人間の欲求、繰り返されると嬉しい、1回目、2回目、3回目とあり、3回目は長く強く弾く、そうすると落ち着く。 昔話と音楽は性質が極めて近い。 子供がやるケンケンパ、4歳でもやります。 人間にとって極めて基本的なリズム感なのではないですかね。
自分が歩んできた人生を振り返った時に、どう思いますかという事ですが、いろんな人に守られてきている、それをとても感じます。 2歳にならない頃に顔に火傷をして、おっぱいも飲めなくなって死にそうだった。 母親は23歳ごろで大変だったと思います。 生き延びて、からかわれたりしたことも沢山ありましたが、家では守られていました。 耐えるという事は小さいときから自然にせざるを得なかった。 みんなからからかわれること、笑われること、に耐える事。 でもその視線は今でも変わらないよ。
弱い者の立場はよくわかります。 昔話に惹かれるのもそれがあるからという気がするね。 ドイツに留学時代、ドクターヘックという教授と親しくなってチロルの 田舎に二人で調査に行った時がありました。 帰りにヘックが「君は民族学が向いているよ、君は人から愛される人間だから」と言われたんです。 意外に思いました。 こんなだから人に近づくことが厭でした、初対面が苦手だった。 僕は知らない人と会っても大丈夫なんだと思って、それが僕にとって物凄く有難かった。 ドイツから帰ってきてから昔話の調査が本格的に出来るようになりました。 人を喜ばしてくれる言葉ってあるね。 形は違うけれどハンディキャップを持っている人は沢山いると思うので、具体的に言葉を投げかけてあげる事が大事なんじゃないかと思います。
昔話は本になって児童文学になってしまっている。 語れる文章ではないので本のなかでしか伝わらない。 語れる文章に直すことを今全国的にやっています。 それをまとめて発表しようと思っています。