原口尚子(水木しげるさん長女) ・【私のアート交遊録】 妖怪と日本人
2015年に93歳の生涯を終えた漫画界の鬼才水木しげる、妖怪のイメージを一般にひろめ表舞台に押し上げてきました。 水木の描く妖怪の世界は多くの日本人に支持され、今もその作品は愛され続けています。 鬼太郎や目玉おやじ、砂かけ婆など水木が生み出す妖怪たちはなぜ今に至るも多くのファンに愛されるのか、2020年はその水木の生誕100周年に当たり、これに合わせて水木が情熱を傾けた妖怪をテーマとした展覧会も開かれます。 水木を一番近くで見つめてきた長女の原口尚子さんに水木が描く妖怪の世界の魅力や妖怪たちに込めた思いなどについて伺いました。
2010年のNHK連続テレビ小説「ゲゲゲの女房」、お父さんというイメージが強かったが、実際は家族のことを大事に思ってくれる父でした。 家族と一緒に過ごそうという父でした。 父が鬼太郎を書いているという事は小さいころから意識はしていました。 中学校の夏休みの宿題で果物を写生するという事がありましたが、水彩で描いて乾くまで待とうといなくなって、戻ってきたら凄くうまくなっているんです。 ああしろこうしろと言うのが好きでなく自分でやってしまいました。 それが校長室に飾られていたということがありました。(父に手伝ってもらったという事は言えませんでした。)
父が小さいころ、近所のおばあさんがお化けの話だとか、古い言い伝え、あの世の話などをきいて、戦争に行ったりいろいろな苦労など経験して、そういえば自分は妖怪が好きだったなあと思って、古本屋さんで妖怪について書かれた本を見つけたそうです。 これは昔自分が経験したことだと確信を持ったそうです。 それを絵にしてみんなに見てもらおうと思ったようです。 私は父から妖怪の話は聞いたことはないです。 祖父は良くお化けの話はしてくれました。 江戸時代は妖怪を描くブームは有ったようです。 妖怪ものとか民俗学とかそういったものを沢山集めていました。 妖怪は人々の心が作っているんで、理由が判らないことをお化けのせいにしてきたという事があったと思います。 妖怪と神様は紙一重と言うか、そんな存在だと思います。
鬼にもいろんなものがあります。 怖がらせるものから、戒めるために、魔力から守るために存在とか。 父は電気が妖怪を消したと言っています。 夜になっても都会だと暗闇などないですね。 父が書いていたなかで「あかなめ」が一番怖かったです。 お風呂などについている垢をなめに来る妖怪なんです。 父が好きだったものは妹はそのまま受け継いでいるという感はあります。 私は父と距離を取りたいとずーっと思っていました。 18年間小学校の先生を務めていました。 父も段々弱ってきて、水木プロに入って手伝ってくれと言われて、入りました。 それから父と凄く話すようになりました。 父の本もじっくり読むようになりました。 父の考えを改めて知ると言うようになりました。 父からいろいろ聞けたのは良かったです。
妖怪を書くなんてと言う思いは以前は有りましたが、妖怪に対して深いものがあるんだと知るようになりました。 父は凄いと思うようになりました。 鬼太郎は父を支えた重要なキャラクターですが、最初はおどろおどろしい感じでしたが、少年誌に連載されるようになって、悪い妖怪をやっつけるスタイルになりました。 しかし、父はそういうスタイルはあまり好きではなかったようです。 大人向けの雑誌で「ガロ」がありましたが、それには凄く風刺が効いている短編で、これが書きたいものなんだと母に言っていました。
鬼太郎の人気には父は戸惑っていました。 偶然に目に見えないものに助けてもらっているという風に言っていました。 鳥取県境港の「のんのんばあ」(近所に住むおばあさんで、父にお化けや妖怪の話を教えてくれた。)との出会いが一番だったと思います。 地獄極楽の世界にも興味があり、極楽よりも地獄が面白いと言っていました。 語り継がれてきた目に見えないいろんなものを父は絵にして形にしていますね。 水木しげるロードには170を超える数になりました。 完璧な観光地になりましたが、偶然が重なってそうなって行きました。 妖怪たちが街を活性化してくれたと思います。
コロナ禍で話題になったのが「あまびえ」で江戸時代のものです。 コロナも目に見えなくてこれも妖怪ですが、父は妖怪は可愛くないといけないと言っていました。 父は戦争を体験していて、左腕を失って帰って来ましたが、本当に右腕一本で書いてきた人です。 なんでも右腕一本で生活していましたが、爪を切ることだけは母にやってもらっていました。 なんかあるんだというような想像する心のゆとり、そういったものが欲しいなあと思います。 そんなところに妖怪が注目されるのかもしれません。 説明しきれない何かがあるんだと言う人間の謙虚さも必要だと思います。 父は昔のものをモチーフにしているが、もっと現代に伝えやすくするために工夫をしています。 今度行われる展覧会をぜひ見ていただきたい。