2022年9月29日木曜日

松嶋雅人(東京国立博物館・調査研究部長)・【私のアート交遊録】 東博~150年の美の旅へ

 松嶋雅人(東京国立博物館・調査研究部長)・【私のアート交遊録】  東博~150年の美の旅へ

東京国立博物館は今年150周年を迎えます。  それを記念して来月150周年記念「国宝東京国立博物館のすべて」これが開催されます。   会期中狩野永徳の障壁画や渡辺崋山の作品をはじめ教科書にも登場する有名作品や名作を一挙に堪能することが出来る上、史上初89件の国宝も公開されます。  日本の博物館、美術館の礎ともいえる東京国立博物館の歴史と作品を知ることで日本美術の歴史も辿ることが出来ます。  日本近世から近代絵画が専門の松嶋雅人さんに日本美術の歴史と併せてその見どころを伺いました。

明治5年(1872年)に発足し、令和4年に創立150年を迎えたという事になります。   日本は明治維新後に海外との交流の中で日本が近代国家として認めてもらうために、様々な政策を行いますが、日本の文化財を世界に紹介して、日本が近代国家の一つなんだという事をオリエンテーションしようというところから、始まりました。  展示は美術だけではなくて特産物もありました。  郵便とか鉄道とか明治5年あたりにいろんな仕組みが出来上がってきました。  廃仏毀釈運動というのがあって、文化財を失わないためにいろんな法律で守ろうという事がもとで、古い価値観を備えた造形物も大切にするという意識はあったんだと思います。   保存も重要視する、公開も重要視するという事ですが、西洋とは材料、材質も違うので劣化しやすい、有機物、植物をもとにした紙とか、そういった材料が多いので、光を当てている限りは劣化してしまいます。  保存と展示との兼ね合いになります。  

東京国立博物館には今約12万件あります。  いろんな専門の研究員が保存、修復などに関わっています。  10月18日から150周年記念「国宝東京国立博物館のすべて」を開催。  当館が所蔵している国宝89点をすべて展示します。   久隅守景の納涼図屏風が好きでそれも今回展示されます。  狩野永徳長谷川等伯だとか著名の画家の国宝も展示されます。   2012年の創立140周年のころから多くの方々に来ていただこうと、いろんなイベント、プロジェクトを組んで、100万人を超えています。  観てもらわないともったいないんです。  年間160万人きていただくぐらいになりました。   学校で日本の文化を紹介されtも全く実感がわかないんですね。  

明治以来様々な文明が流れ込んできて価値観、世界観が変わっては来ているんですが、気付かないところで日本の文化財自体が、今の私たちの暮らしの中で培われているような精神的な部分とか、可成り色濃く残っているんです。  気づかないだけでたくさん残っています。  現実は嬉しい事楽しい事だけではなくてきつい事苦しいことが沢山あります。  そこを日本の場合は考え方を変えたり、精神的により素晴らしいものに置き換えて表現したりする。   背景にどういった社会的成り立ちがあったり、作られた経緯があったり、そういったものを知るだけで、本来古いものは権力者であるとか、限られた人のために作られたも音が多いんですが、今は国民の文化財ですので、自分たちのものとして知ってもらって、考えてもらうと、何かしら生きる糧になるようなところもあるのではないかと思います。  

納涼図屏風を観ているだけで、いろんな発想とか想像もできるストーリー性を感じたりもするんですが、博物館、美術館にいってぼーっとしているだけでも、その時間で様々な考えが浮かんだり、落ち付いたり、そういった時間を本当につくれると思います。  理不尽にいろいろ制限された時代とは違って、今は本当に自由で、その世界でかつての時代を振り返ってみた時に、自分がこれからどんなふうに暮らしてゆくのかという時にいろんなヒントが出てくるんじゃないかなあと思います。

東京国立博物館ではいろんな材質、材料、分野が揃っているので、自分で興味のあるものを観ていただく、まずは一点一点のいつ作られたのか、誰が描いたのかなどはどうでもいい、自分の目がゆくもの、心が惹かれるものを見つけてもらって、一点見つかるとどんどん繋がっていきます。   絵を見た時に松の林、鳥、花、人物を描いていると目にするだけだと「ふーん」という形で終わってしまいますが、どんなふうに描いているか、筆がどんなふうに入っているか、色がどんなふうに置かれているか、ちょっとだけ気にすると慣れてきます。   回数を重ねてゆくと筆で墨を画面に置いてゆくときに、たっぷり墨が乗っている、擦れているというのは区別できるはずなので、そこから始まってほしいと思います。 どういう意図でモチーフ、対象が形作られていったのかとか、判って来ますので、それと内容、コンテンツは完全に一致していますので、言い方を変えますと、表現する内容のために表現方法があるんです。  それを知っていただくと博物館で品物を見ていただく世界がどんどん広がるのではないかと思います。   

東京国立博物館に勤めて22年になりますが、10年ぐらい経った時に、光学的な技術が発達して印刷技術も格段に発展してきて、博物館の文化財を光学的に記録する(高精細画像で記録する)こと、それを印刷する技術(和紙に印刷するとか)とかが凄く進展しました。   いろんな企業から東京国立博物館と共同していろんな事業が出来ないか、という相談を受けるようになりました。  国宝、文化財の超高精細画像の印刷、複製品をつくったりして、その画像データでバーチャルリアリティーの映像コンテンツを作ったりしました。  文化財を見る時の手助けになるのではないかと考えました。  

納涼図屏風には3人の人物が寝そべっていて、左上には月がある。 どんどん真っ暗になって行く一瞬が描かれている。  慣れていないとそれを感じ取れない。  動画で暗くしてやったり、ひょうたんの葉っぱが揺れて風を感じたりするが、絵には風は絵が描かれてはいない。  映像化することで絵には暗さ、風とかが凝縮されていることが視覚的に実感してもらえるんじゃんないかと思います。  私自身、漫画だとかアニメーションだとかと、日本の絵画、造形と基本的には一直線と感じています。  造形の表現の方法論というのも一つの歴史的な直線状に並べた時に、一つの絵を映像にしたり複製を使ったイベントをしたりすることは、私自身は全くずれはないと思っています。  

日本の漫画文化、アニメーション文化は欧米と違って、培われた伝統的な考えが作家さんたちは意識しなくても、残って出てきているんだと思います。   古美術を漫画とかアニメーションと同じような考え方で示す事は凄く理解されやすいとは、私自身は考えています。

小学校の頃は油絵などを描いていました。  高校時代は京都、奈良の寺院を訪ね歩きました。   知らず知らずに今の職業につながって行ったんじゃないかと思います。     

納涼図屏風は静かで地味な絵ですが、凄まじく奥深い、なにか内容を含んでいると思います。