金 哲彦(プロランニングコーチ) ・【スポーツ明日への伝言】いまこそ、走る意味を知ろう
日本には週に一回以上のペースでジョギングやランニングをする人が500万人以上いるといわれますが、コロナウイルスによってこれまでとは違った走り方が求められています。 それでもランナーたちは走る場所を求めて、新たにランニングを始める人たちも少なくありません。 今人々が感じ始めている走る意味とは何か、プロランニングコーチでありマラソンや駅伝中継の解説者としても活躍する 金 哲彦さんに伺いました。
大会が中止、延期になり合同練習もできない。 どうしていいかわからない状況が続きました。 ホームページを作ってランニングに役立つ情報を発信したりしていました。 ランニングウエアの袖の生地を使って息苦しくないマスクを作って、発信したりしました。
競技ランナーはどんなに懸命にトーレーニングをしても自分の発表できる舞台がないという事で、存在価値そのものまで揺らぐような出来事だと思います。
マイクロレース クラブの中で自分たちが走ることもあればボランティアをやる時もあります。 レースの最低限の形を作って5km、10kmの2種目と親子で走る1kmがあります。 計測は自分たちで、出来るように手作りの計測システムを作り上げました。 もう6回ぐらいやっています。 感染予防には気を付けて行いました。 TVでジョギングはいいですよとの話があった以降は、走りたい人が増えたようです。
2006年の夏にステージ3の大腸がんが見つかり、開腹手術をしました。 発症から手術、仕事への復帰、11か月後のフルマラソンに挑戦、3年後にはフルマラソンを3時間を切ることが出来ました。 2010年に「走る意味」という本を書きました。 「明日への言葉」に出て10年が経ちました。
42歳で実業団の監督から引退して、自分でチームを作って市民ランナーの指導を始めて数年経った時のことでした。 ガンはまるで頭の中にはありませんでしたが、検査をして、青天の霹靂でした。 死への恐怖、自分の人生をどういう風に締めくくっていくのか、もやもや毎日考えていました。 悲観的になる気持ちが多かった。 10分から15分ぐらい走って見ました。 走っている間はもやもや考えていることが頭から消えました。 生きているんだなという事が身体で実感しました。
未来が見えるようになって、社会に復帰するにはマラソンランナーに戻ることが一番だと思って勝手に考えて、術後11か月後にマラソンを走って、30kmは走りましたが、残りは歩きました。 膝が痛くて5時間41分でした。 3年後にはフルマラソンを3時間を切ることが出来ました。
ガンのことは周りには黙っていました。 周りに心配をかけたくないという事と、周りからがんだからもう長くはないよと思われるのが悔しいと思ったので、サブスリーを目指しました。
「癒しのランニング」という本を出して、そこで「走ることを心の栄養」という風に表現しました。 精神科の医者と話をしたら、ジャンプ運動をすると脳内ホルモンが出る効果があるという事で、うつ病の患者さんたちの運動処方に携わっていたので、走る方向に導いてゆくことでどんどん回復してゆくのを見て、無表情だったのが感情が出てくるのを毎回見ました。 それで走ることは心の栄養になるんだなという事を実感しました。 農作業、土をいじる、育てることも効果があるという事でした。
がんという病気は細胞の突然変異なので誰にでも体の中で起きている。 免疫が働いて突然変異の細胞をやっつけてくれる。 免疫が下がることによってがん細胞が大きくなり、抗がん剤や放射線などで退治するしかない。 しかし小さいうちならば、自分が持っている免疫力で攻撃してくれる。 走ることで基礎体力が上がるだけではなく、ストレス解消、体温も上がり、免疫が上がる。
以前は山登りをやっていたという高齢の女性で80代で4時間代で走る中野さんはマラソンを始めたのは70歳近くという事でした。 まったく運動していない人はまずは歩くことからスタートして基礎的な足腰を作って行き、ゆっくり走ることを繰り返してゆくことだと思います。
自分に合ったランニングシューズを買い求める。 いきなり走らないで早歩きをして身体が温まってくると早歩きと同じ速度で5分ぐらい走ってみる。 又早歩きを10分ぐらい行う。 無理をしない。 全体の運動時間をしっかりとっておくとどんどん体力が上がる。 不思議と前向きな言葉がどんどん出てくる。 走ることを辞める人の理由の多くが怪我、故障です。 それはどこかで無理をしている。 ゆっくりでいいから5分でも走ることが出来たら新しい世界が開けてくる。 食べた直後だけは避けたほうがいいです。 身体を動かして自然と触れることはいいことだと思います。
競技スポーツの存在意義、在り方、ただの勝ち負けではなく、スポーツは感動を与えるので、競技スポーツの意味を改めて考える機会だと思えば、応援してくれる人たちにもっと感動を与えてくれるものと思います。