2022年3月18日金曜日

下谷洋子(書家)            ・上州の気質を筆であらわす

 下谷洋子(書家)            ・上州の気質を筆であらわす

1951年群馬県生まれ、70歳。    去年文学や演劇など様々な芸術分野で活躍した人に贈られる毎日芸術賞を受賞しました。   下谷さんの受賞は銀座で開かれた「上州の韻き こよなく・かな」というテーマで万葉集、さんよう?、樋口一葉などのほか、群馬出身の歌人土屋文明などおよそ50点を展示した個展を開いたことが評価されたものです。  作品つくりには2年かかったと言います。   又先月2月日本橋デパートでの現代女流書100人展にも出品し、忙しい日々を過ごしています。   

どちらかというと渋めの紙が好きでしたが、ピンク、ブルーとか先生にしては珍しいですねと言われました。  コロナ禍で暗い世ですから、少しでも心が潤ってくれればと思って、伊予の紙に書きました。    かなは変体かなというのがありますが、 同じ字でも使う先生によって表現が変わります。  漢字に近い行書気味の変体かなもあるし、崩した変体かなもあるし、その中間でも何種類もあります。  

「上州の韻き こよなく・かな」  韻(ひび)きは音響の響きよりも、文学的な文章の流れとか、表現の中のリズムとかで使うのかなと思います。   幅広くかなを見せたいという思いがあり こよなく・かな という表題にしました。   書というものは人間の生業と風土と凄く関係するものではないかという事で、私が求めてきたかなの世界は群馬じゃなかったら、もしかしたら生まれなかったんじゃないかと、そういう風に思うようになりました。  上州のかなの韻きを見てもらいたいと思いました。  

かなは宮廷文化で生まれ、京都、奈良が中心でした。   生活の歌だったりする東歌の世界を根に持っているところで生まれ育っているものですから、文化的にも違った背景に興味を持ったという事もあります。    かなを書くのにもふわっとした柔らかい調子で書くよりは魂を込めるようなあでやかな強さに憧れてきました。    線は、技術的なものもありますが、その人の性格であったり、生きざま見たいなものが出るのではないかと思います。   読める読めないは別にして、書いた書がふっと迫ってくるようなことを感じる事があると思います。  

かなは日本で生まれた日本だけのものです。   海外にも展示しますが、読めないかとは思いますが、流れとかリズムを感じていただけるものだと思います。   海外ではすごく人気が高いです。   かなの歴史があり、昔のものを勉強しないとなかなか自分のものに到達はできない。  同じ「能」でも「の」の何種類もの形があります。  幅広いので覚えるだけでもかなり時間がかかってしまう。   同じ筆で書いても「転折」(横画から縦画に転じ、縦画から撥ねに転ずるように、筆路が急に変化すること。)一つとっても表現の仕方も違うし、「連綿」(二文字以上の文字を続け書きすること。)の太さ、長さを取ってみてもみんな違います。  ですから、何度見ても勉強になります。   

渋川で生まれて前橋に移りました。  子供の頃は天真爛漫といった感じの子でした。  父が家で書を教えていたので、小さいころから書くことは好きでした。  小学、中学時代は展覧会に出して賞を沢山いただきました。    高校に入ってから専門にやったらという風に考えるようになり、東京学芸大学書道科に入りました。   配置、流れなどいろいろ勉強になりました。   大学卒業後はかな書家として生きて行こうとしましたが、漢字の書の勉強をし直した時期がありました。   卒業後も伊東三州先生、中島先生にもう一度基本から教えてもらったりしました。   

独学になったのは30代の半ばぐらいからです。   独り立ちしたかった。  楽しいですが大変でした。  ジャンルを超えていろいろな人とお付き合いが出来たので良かったです。   感想が一つの指針にはなりました。  師匠がいない分、きちっとしたものは出したいと思いました。   かなを志す若い人は、かなだけではなく幅広く、書そのものを見て欲しいと思います。   師弟関係だけではなく、幅広い交流をしてほしいと思っています。   角度を変えていろいろ勉強していきたいと思っています。