松本康治(出版社代表) ・【人ありて、街は生き】「レトロな銭湯に愛をこめて」
松本さんは大の銭湯好きです。 仕事帰りや出張先では銭湯に立ち寄ります。 これまでに古き良き時代の面影を残す各地の銭湯をブログや本にまとめてきました。 ここ数年はSNSなどのインターネットでのやり取りで興味を持った若者たちが銭湯を訪れるようになり、さらには経営が厳しくなった銭湯を自分たちの手で支えようという動きも各地で広がっているといいます。 松本さんと親しい銭湯好きの仲間が経営している大阪此花区の千鳥温泉にて伺いました。
大人は440円、貸しタオル20円になっています。 奥に自転車があり高価な自転車に乗ってくる人が安心できるように置いてあります。 主浴槽といろんな電気風呂とかジェット風呂とか水風呂とかがあります。
「レトロ銭湯へようこそ」関西版、西日本版を出版、この2冊に102軒全部行きました。 ここはいいなあと思ったところを改めて取材しなおした本です。 「旅先銭湯シリーズ」2巻出ていて、旅行に行った時の銭湯です。 地方では一軒もなくなってしまった街もたくさんあります。 「レトロ銭湯へようこそ」関西版は2015年に初版が出ています。 建物が洋風な趣がありますが、国の登録有形文化財に指定されていましたが、今年2月に辞めてしまい惜しいです。 (昭和12年に建設したもの)
京都は柳行李という籠があり、脱いだ服を籠にいれて、籠もとロッカーにいれるという文化で、京都には百何十軒ありますが、全部この形式になっています。 地域性があるのが銭湯の面白いところです。 大阪では湯船の周りに腰掛ける段があり、ここに座って体を洗ったりします。 東京は必ず一番奥に纏めて湯船があり、手前に洗い場が並んでいて、奥壁には富士山の絵があり天井が大阪よりドンと高くなっています。 神戸の長田区の扇港湯のお風呂屋さんでは浴室の真ん中に幅数10cm、長さ3mの細長い湯船がありここは入っては駄目で、汲みだして体を洗うためのもので、神戸と明石にしかないスタイルです。
銭湯のピークが1970年頃で、以降一貫して減り続けています。 かつてお風呂屋さんは花形商売で儲かっていたころのお風呂屋さんは豪華なつくりになっていまして、一日の終わりとして贅沢な時間を過ごしていました。 家庭に内風呂が作られるような時代になると暮らしの中のいろんな人との繋がりやリフレッシュの仕方が忘れていきました。
気が付いたら黙って一人ぼっちで小さなお風呂に入っている、選択肢として別のもの、昔よかったものを置いておいてもいいのではないかと思っていて、何とか残したいと思います。大きなお風呂では掃除が大変、燃料は高くつく、ボイラー等に設備も老朽化して取り替えようとすると大変なお金がかかってしまうので、代替わりせずに辞めてゆくところが多いです。
東京では2013年度を底に一軒あたりのお客さんはじわじわ増えてきています。 古い作りのお風呂屋さんに入ることが若者にも人気があり、再発見されてきている。 2016年にはいろいろドラマや映画にもなりました。 銭湯を残したいという事で活動し始めた人たちがこの数年出てきました。 佐賀県では恵びす湯一軒しか残っていなくて、何とか残したいという事でムギさん(中島彩希さん)という女性が近くにゲストハウスを作って泊まったお客さんをお風呂屋さんに送り込む込むことをしています。 そういった方が日本中のあちこちに出始めています。 京都の若い男性で、湊 三次郎さんは辞めてしまったお風呂屋さん、もう辞めるというお風呂屋さんにやらせてくださいといって、借りて復活させる活動をやっています。 遊郭建築も残っていて注目されているエリアです。 彼がやりだすと赤字だったところが大繁盛しています。 その一軒目を足掛かりに滋賀県大津で何年か辞めていた都湯を借りて復活させて、3軒目、4軒目を今準備中です。 ユーチューブで発信をしている人もいて、若い人が次々に来ています。
淡路島の岩屋に古い扇湯がありまして、一昨年ボイラーが壊れて辞めようという事で、見てもらったら付属備品が壊れていただけだったので、直して、私も掃除を手伝ったりビラまきなどしていました。 SNSで宣伝などもしました。 商店も辞めていってお風呂屋さんだけ応援していてもゴーストタウンになったら先が見えていると思って、辞めてしまった八百屋さんを借りてハイボール屋さんを始めました。
卵型の湯船がありその周りに座る段があり、向き合うように内向きに座っていて日本ではここだけだと思います。
それぞれの街にはまだ銭湯が残っているかもしれないのでそれを見つけて、みんなで応援して盛り上げていただければいいなあと思います。