2019年12月7日土曜日

山中伸弥(京都大学 iPS細胞研究所 所長) ・iPS細胞と生命科学の未来

山中伸弥(京都大学 iPS細胞研究所 所長) ・iPS細胞と生命科学の未来
iPS細胞は或る個人の皮膚や血液から作ります。
皮膚や血液の細胞に特定の4つの遺伝子を入れることで、細胞がいわば初期化されて心臓の筋肉や網膜の細胞肝臓の細胞といったどんな臓器の細胞にもなる事ができる、まさに受精卵の直後のような状態に戻る事を山中さんが発見し作製に成功したのがiPS細胞です。
もし一人一人からiPS細胞を作ることができれば、身体に移植しても拒絶反応を起こすことが無く、病気が治るかもしれない、そうした再生医療への期待が寄せられています。
又病気になった臓器の細胞も再現することができるので、薬が効くかどうかを試すことができる、薬の開発にも応用されます。
しかしこれらのことは研究の途上にあります。
iPS細胞がつくられる前にもこうした様々な臓器に成れる万能細胞はありました、ES細胞です。
ES細胞は精子と卵子が一旦受精して分裂が始まった途中で、その細胞をばらばたにすることで作成されていました。
山中さんはそれは倫理上の課題があるのではないかと考えてiPS細胞を作りました。
今回のインタビューではあえて100年後の未来はどうなっているかについて伺いました。

100年後願わくばパーキンソン病、認知症、心臓病、血液の病気、糖尿病、がんなどのいろんな病気の治療法にiPS細胞が50年後、100年後に役立っていることを夢見て頑張っています。
ただ科学の進歩はものすごく速いので50年後にはiPS細胞が貢献していて100年後はiPS細胞は過去の技術になっているかもしれません。
その方が僕は嬉しいと思います。
iPS細胞は過去の人の技術の努力をお手本にしてできた技術なので、iPS細胞は完成形ではないので、もっといい技術がどんどん出てくるそれが人類の可能性だと思うので、100年後には例えばiPS細胞からつくった心臓の細胞を使わなくても、人間が持っている自然の再生力を直接導く様な、新しい今ではできないような技術が100年後には登場しているかもしれません。
100年後を想像するのは難しいが、手術、再生医療のような外から作ったものを移植するという事よりも、患者さんが薬を飲むだけで、患者さんの治癒力を高めるような医学が究極の姿だと思いますが、もっと究極を言うと病気にならない予防が一番の姿、理想だと思っています。

iPS細胞が100年後まで研究開発がつづいていれば、心臓などの臓器が作れるところまで行っている可能性は非常に高いと思います。
動物が持っている力を借りてiPS細胞を利用して、人間の臓器を作る技術はどんどん進んでいますが、どこまで生命倫理として許されるのかという事は議論はされています。
動物の中に潜んでいる何らかのウイルスが、人に移ってしまって、新たな感染症、ウイルス疾患が人類をおびやかすという事もあり得ないことではありません。
どこまで人が模倣していいのか、倫理的な面、宗教的な面からも常に大きな議論があります。
すべての科学技術はもろ刃の剣といいますか、人類、地球を幸せをする可能性があるが、不幸にする場合もあり、典型的な例は原子力です。
原子力は貢献もしているが扱い方次第では武器にもなります。
慎重な態度が求められると思います。
生命科学もまったく同様です。
100年前は遺伝子、進化が一般的に受け入れられてきましたが、優生学が広まって人類が幸せになるために優れた遺伝子だけを残そうという事が物凄く広がって、比較的最近までそういう考えがありました。
社会に目を向けると自己ファースト、ポピュリズムが物凄く広がって人類は2回の大戦を経験して日本をはじめ大変なことになりました。

100年経って科学技術は圧倒的に進化しましたが、倫理、哲学などは圧倒的に進化しているかというとちょっと心配です。
政治の分野では自己ファースト、ポピュリズムが復活しようとしています。
科学では遺伝子という概念はあったが実態は全く分からなかったが、100年経って遺伝子はDNA、二重らせん構造で人間一人の遺伝子30億個を一日で解読できるようになりました。
ゲノム編集でそれを書き換えることもできるようになりました。
ゲノム編集で病気につながる遺伝子を書き換えたらいいんじゃないかとか、知能に関する遺伝子、身体の機能にかかわる遺伝子などいろんな遺伝子を書き換えたらいいんじゃないかとか、100年前の優生学と同じような議論をしているのではないかという風に思わざるを得ない。
本当に賢くなっているのか過去から学んでいるかというと非常に心配な面があります。
科学技術はものすごく進んでいて、地球上の全生物を科学技術で滅ぼすこともできます。
何億年かけて進化してきた遺伝子情報を一週間で書き換えることもできるような時代になりました。

10年後100年が今よりはるかに幸せになるかどうかも、私たちにかかっているので物凄く責任があるんだという事を自覚して、私たちは研究が仕事で、政治家は今後の国の進め方を決めるのが仕事で、今分水嶺じゃないかなと思います。
今は大変な岐路に立たされているのではないかと思います。
今の世界の政治の状況をみると、本当に過去を学んでいるのかなあと心配になる事は多々あると思います。
100年前に優生学を広めた方は、当時間違っているなんてこれっぽちも思っていませんでした。
だから今もそうなる恐れがあるので、今求められているのが透明性であり、自由に発言できる雰囲気、権利だと思います。
最初は弱いすぐにでも止められるだったのが、気が付くと物凄い流れになってだれにも止められない、おかしいと思っていてももう止められない、そうなってしまうといけないのでので、早い段階、上流でいろんな意見を自由に言える、隠さない、それが大事だと思っています。

5年、10年後ぐらいまでは一人一人から作るのは大変なので、一人のiPS細胞で何百万人という人たちにIPSを提供できるようなスーパードナーと呼んでいますが、そういったips細胞をつくっていて、ゲノム編集という技術と組み合わせると、10種類ぐらいつくれば地球上のすべての人をカバーできるiPS細胞を作れると思っています。
今だったら何千万円掛かりますが、100万円とか何10万円、将来は何万円とかでつくれるように技術を進めていきたい。
10年後には実現しているのではないかと思います。
100年後はiPS細胞をはるかに超える何か新しい概念なり新しい治療法になっているんじゃないかと思います。
ネズミではネズミの皮膚、血液から作ったiPS細胞から精子、卵子を作って新しいネズミを作るという事は成功していますので、猿とか人間でもそうして精子、卵子を作ることは理論的には可能だと思います。
生命倫理の問題でどこまで本当に許されるのか、不妊症の方の多くは精子ができない、卵子ができないが、不妊の原因がわからないのでその原因解明にiPS細胞を使おうと、そして何らかの薬を開発して不妊症であって精子ないしは卵子ができる新しい開発のために研究開発をしています。

優生学のように自由自在に背の高い子とか頭のいい子とか、そういう事が起こりかねない状況になっている。
一歩間違えると同じ議論が起ころうとしているので、過去から学ぶ姿勢が非常に大切だと思います。
例えば健康になりたいという欲望に対しての線引きがなかなか難しいところもある。
iPS細胞ができてES細胞を使わなくてもいいという生命倫理に関する問題は解決できたと思ったのですが、大人のiPS細胞から精子、卵子を作ることができて、そこから新しい生命ができる可能性があるという事が判って、又新たな生命倫理の課題を提示してしまったなあと、文科省に今から議論をはじめてくださいとお願いしたことを思いだします。
科学の進歩はすごく速くなっているので生命倫理の問題を一刻も早くやるように強く感じています。

健康寿命を一歳でも伸ばすことを目標に研究しています。
健康寿命と平均寿命の差を縮めようとiPS細胞、新しい医療が目指しているところです。
150歳、200歳まで生き延びることがその人の、人類の、地球の平和に繋がるのかどうかという大きな問題になるので、寿命をどこまで伸ばしていいのかというのは、今岐路に立っていると思います。
人類が100年後の未来も幸福になるためにはどういうビジョンが必要かとの事ですが、謙虚になることだと思います。
歴史から学ぶ、いろんな方の意見を謙虚に聞くことが何よりも大切だと思います。