2019年9月1日日曜日

佐藤眞一(心理学者・大阪大学大学院教授) ・認知症の人の心の中を知る

佐藤眞一(心理学者・大阪大学大学院教授) ・認知症の人の心の中を知る
1956年東京都生まれ、早稲田大学大学院の文学研究科心理学専攻、博士後期課程を経て医学博士号を取得しました。
東京都老人総合所研究員、ドイツマックスプランク研究所上級客員研究員等を経て、2009年より大阪大学大学院の老年行動学研究分野の教授です。
長年高齢者の心理と行動の問題を研究してきましたが、最近認知症のひとの心の中はどうなっているのかという本を出版しました。多くの方が認知症と診断される方が多くなっていくと思うので、この中で佐藤さんは「キャンディー」(6-3)(CANDy; Conversational Assessment of Neurocognitive Dysfunction)と呼ばれる日常会話から認知症の人の心を知る試みや、遠隔操作型ロボットテレノイドを介して認知症の人の世界に入っていく実例など最新の研究成果を紹介しています。

人や動物の行動を研究する様々な分野がありますが、そういう分野を行動学、あるいは行動科学といいます。
私は高齢者の行動を心理学の方法で研究をしています。
能楽の分野で翁は神に近い存在と考えられていたようで、幽玄とか神秘の象徴といわれています。
正月の年賀は天皇の長寿を祝う儀式として機能するようなところもあったようです。
長寿が大事なところだったようです。
徒然草などに「耄碌」」という様な老いの否定的な面もありましたが、江戸時代以降儒教の影響で長寿者への尊敬の念が育っていったんではないかと思います。

認知症は40、50代に発症する若年性認知症と、老化と相まって80、90代という高齢になってからの認知症に分けることができます。
統計的には85歳以上の約半数は軽度を含めて認知症であろうと推測しています。
若年性の場合は進行の早い場合が多くて明らかに疾患ですから、早く治療法が確立してほしい所です。
長寿者の認知症は対応法を工夫することで普通に暮らすことが可能な人もたくさんいます。
65歳以上の認知症は2012年厚生労働省が発表した人数では65歳以上の15%462万人と発表されています。
現在では500万人以上と予測されています。
2025年には700万人と政府は発表しましたが、もうすこし多くなるかもしれません。
アルツハイマー型認知症、欠陥型認知症、レビー小体型認知症などがあり研究が進んできて原因疾患別の治療や介護が行われるようになってきました。

脳の損傷の影響と生活環境の影響と両方が影響をして、心理行動症状と呼ばれるが、対応の難しい行動に現れることがあります。
例えば食べ物でないものを食べてしまったり、何事にも意欲がなくなってしまったり、食べたばかりなのに食事を要求したり、不可解な要求行動が現れることがあります。
介護は英語のケアの訳語ですが、相手を思いやる、お世話をするという意味ですから、介護は思いやりから始まると思います。
いつの間にか指図するような介護になったり、介護者が苦しさのストレスにとらわれて落ち込んでしまうという事があったりします。
互いに互いが縛りあうような介護になってしまう事がある。
介護関係がうまくいくと安定した日常生活が送れるという事例がたくさんありますので、関係性を大事にしたいなあと思っています。

キャンディーという方式、日常会話式認知機能評価という日本語の名前が付いた認知症の方を簡単に評価する検査です。
長谷川式検査、MMSEという検査が世界的に有名な検査ですが、これはスクリーニング検査です。
いわゆる知能テストです。
プライドを傷つけられて怒り出してしまう方もいると言われます。
医療者もつらく感じる人もいます。
知能テストをしないで認知症の疑いがあるかどうかの検査ができないものかを考えましてキャンディーという方式を考えました。
最初はたくさんの会話例を作成して、各項目を評価してもらい、最終的に15項目30点満点にしました。
点数が高いほど認知機能が低下していて、6点を超えると認知症の疑いがあると考えました。

①会話中に同じ質問を繰り返して質問してくる。
この場合は記憶障害の有無をチェックする。
②質問してもごまかしたりはぐらかしたりする。
特にアルツハイマー方の認知症に多くあらわれる。
取り繕いという会話型が特徴です。
こう言った質問が15項目あって日常生活で何気なく尋ねます。
マニュアルも作成してホームページで無料で公開しています。
スクリーニングした後、その後画像検査など様々詳しく調べます。
アルツハイマー型の認知症は最近の出来事が覚えられないという特徴があります。
昔覚えたことは思い出すことが多い。

介護施設では介護者は1日のうちの全業務量のわずか1、2%ぐらいしか会話をしていないことがわかりました。
会話のほとんどが介護に関する指示などに限られていました。
学会で発表したが、MMSEというような方法では発展途上国では教育が行き届いていない面があるので、キャンディーという方式であれば実施できるということで私に握手を求めてきました。
キャンディー方式を多言語化したくて、現在は英語とデンマーク語版を作りました。
遠隔操作型ロボットテレノイドを使っています。

大阪大学石黒教授の研究チームと共同で研究しました。
人間の個性を究極までそぎ落とした個性のない遠隔操作型ロボットテレノイドです。
特にアルツハイマー方の認知症の進んだ方が気に入られています。
対面会話とテレノイドを介して学生とアルツハイマーの認知症の方との実験をしました。
直接対面して会話をするとお互いに緊張しますのでスムーズに進まないが、ロボットが間に入って会話をすると活発に自分からロボットに会話をするという事がありました。
周りは驚いていました。
絵本をロボットに読み聞かせする人もいました。
介護状況では介護者が自分の世界に認知症の人を連れてこようとするが、テレノイドを介して会話をすると認知症人の世界に会話相手である学生が自然に入っていける。
認知症の見ている世界は認知機能が変化してゆくので、私たちが見ている世界とは異なっているのが様々な実験などからわかってきています。

高齢者の自動車運転、老化現象として視野が狭くなる、判断のスピードが遅くなるといったものがあるが、認知症の人は視野の中に気になるものがあるとそれに注目してしまうという傾向がある。
これは自動車運転にとってはとても危険なものです。
味覚、嗅覚の低下、本人は何とも思っていない。
前頭葉機能に異常がある場合は、上品だった人が中には汚い言葉を使ってしまうというようなこともあります。
認知症によるストレスがこのような言葉を出させてしまっていると思われるが。
理解できないといって突き放してはいけない。
行動には必ず理由や原因があるので、そうした理由や原因を考えてみることが大事だと思います。
専門医への相談、本、認知症カフェなどが地域にあるので家族の経験談を聞くというのも参考になります。

80、90代で認知症になった人の場合は、認知症になっても支えあいによって幸せに暮らす方策がまず優先するべきだろうという事になりました。
認知症の人たちとの共生という言葉がそれを表しています。
若年性認知症の方は生活に大きな支障が出ますので、研究や医療技術の開発には優先して行われなけばならないと思っています。
原因の究明も盛んにおこなわれていますが、根本的治療は難しいといわれています。
共生も難しい概念だと思います。
当事者でなければ判らないことを家族などが正しく感じ取るという事はなかなか難しいと思います。
感じ取ろうと努力することが、それによってどちらにもより良い生活環境に変えていくことが大事だと思います。
否定されることはなかなか受け入れられないし感情的になってしまう。
お風呂を嫌がったり、おむつを交換することを嫌がったりすることがあるが、介護上の工夫が大事だと思います。

5歳まで一緒に育ったいとこが小児がんで亡くなりました。
葬式に行って、死というものの恐ろしさを感じました。
10歳のころに祖母がアルツハイマー型の認知症になり、祖母の異常行動とそれを泣きなながら叱る姿を見てなんとも言えない感情、善悪を越えた苦しみに見えました。
おばあちゃん子だったので複雑な感情を今でも思い出します。
祖母が夜中に鍋を焦がしてしまって、母が叱ったが、翌日祖母がどこかに行ってしまって、道がわからなくなり近所の人に連れられて帰って来た時には新しい鍋をもって帰ってきた。
ニコ・ニコルソンさんと漫画認知症をウェブサイトで連載しています。
ニコ・ニコルソンさんは東日本大震災で実家が被災してしまって、祖母がアルツハイマー型の認知症になってしまって、認知症の知識が浅く、私の本を読んで大変参考となったという事で望まれて漫画認知症という事で発表することになりました。
今後認知機能が低下した時には人はどうなるんだろうか、という事の予習、勉強になるのではなかと思うので、認知症の事を知っていただくことは大事なことですし、お役に立つことだと思います。