黒田征太郎(イラストレーター) ・アートで問い続ける「命」
昭和14年飯坂生まれ、昭和44年デザイン事務所 ケイツー( K2)を設立、以来イラスト、ポスター、壁画などで国際的な賞に輝き、 日本のグラフィックデザインをけん引してきた第一人者です。
一方で作家の野坂昭如さんや漫画家の手塚治虫さんの作品に共感し、ライフワークとして命の尊さや平和の大切さを自身の絵を通して訴え続けてきました。
今年80歳、大阪心斎橋の近くでライブぺインティングを行いました。
絵を描くことは精神衛生的にいいんです。
ご飯を食べないと生きてはいけないが、いつごろからか絵もそれに近いものになってしまいました。
僕自身が戦争のことは避けて通れない、1939年に生まれてその年に第二次世界大戦がはじまった。
黒田征太郎の名前の「征太郎」は征服の征で、出征の征で、そんな意味合いで父親は付けているはずです。
父親は軍需工場の端っこのことをしていました。
兵隊が僕の家に来るのが好きだった、軍国少年でした。
その後大変悲惨な目を体験しました。
西宮で空襲に会い、防空壕にいたが、家に直撃弾が落ちて二階から縁の下まで空いていました。
不発弾だったので僕は今こうして生きているわけです。
命のはかなさなど体に染み込んでいるところがあります。
雑誌で野坂昭如さんが小説を連載して、挿絵に新人を使おうという事で僕に白羽の矢が立って、顔合わせしました。
作家はインテリでめんどくさい人が来るのかと思っていたら、見るからに怪しげな人がちょっと酔っぱらってるような感じでした。
持っているグラスにはウイスキーが入っていました。
僕が思っていた作家とは全然違っていました。
「俺も同じものを頂けますか」といったのが出会いでした。
人間というものは戦争を辞めれない生き物だと、戦争という馬鹿な行為をするのは人間だけだ、戦争がはじまると弱いものから巻き添えになってゆく。
人間以外の命あるものも殺してしまう。
「戦争童話集」戦争にまつわる12の童話を本として出版。
(野坂昭如 作 挿絵 黒田征太郎)
戦後50年という節目でしたが、ドイツなどでは戦争の事、アウシュビッツのことなど絶対忘れないという思いがありましたが、日本では戦争のことは忘れられてきている。
「戦争童話集」を読んだら、明快に戦争のことを書いている。
絵本化してみようと思って絵を描きだしました。
その中の「タコになったお母さん」は印象深いです。
最後には毛穴という毛穴から血を噴出して助けようと少年をくるむ話、少年を助ける愛、野坂さんの思いを絞り出しているなあと思いました。
野坂さんが自宅療養中に、「当然小説を書こうと思ってますよね、どういうものですか」と聞いたら、ゆっくりと「昭和20年8月15日に決まっているじゃないか、馬鹿」といわれました。
身体の芯まで打ち付けられたこと、両親を亡くして、結果的にも妹を亡くしてしまう。
戦争が始まって、そんなおぞましいことはしないといっていた人も最後には自分まで来てしまう。
僕は拷問にあってしまうと戦争反対と言えなくなってしまうような気がする。
戦争と言う言葉で何が一番怖いかというと、ひょっとすると順応する俺が怖い。
多くの人間がそうではないかと思う。
今でもどこかで戦争をやっています。
「18歳のアトム」 絵本を出版、アニメーションにする作業をすすめている。
手塚治虫さんとの出会い、昭和22年(9歳)で「新宝島」という漫画を出版されて、それを偶然見て、2,3ページ目で虜になりました。
学校では写真のように描けと言って絵が嫌いだったが、その絵を見て子供心に感動しました。
僕の生業を決めたのが手塚さんでした。
思いつくままに手塚さんを描いているうちにアトムが出てきました。
手塚さんの美術館が宝塚にあり観にいたんですが、映像が流れていて目をつぶって聞いていたら、手塚さんがしゃべっていることと野坂さんがダブったんです。
それが一番の原因でした。
命のことをずーっとしゃべっていました。
僕なりのアトムを映像にしようと思いました。
アトムがあまりにも活動しすぎて引きこもりになってしまう。
そこにベレー帽が飛んできて(手塚治虫)、「いつまでも閉じこもってはいけない、もっとでていけ」というんです。
太陽に向かって、「僕たちのことをどう思われますか」と聞くと「駄目だね、僕が送ってあげた火の使い方が間違っている。 火を使って人間同士が殺し合いをしているじゃないか。最初は小さな火だったけれども最後の最後にこれだけは手を出すなといった核に手を出した。
「アトミック」認められない。 アトムはショックを受けて、海に同じ質問をする。
「人間は何でもかんでも海に垂れ流してしまっている、いずれ食べることすらおぼつかなる」と天と海から否定されて、最後に地面の割れ目から出ている雑草にも聞く。
「僕らは生きています、生きているだけで充分です、それでいいじゃないあの」といわれアトムはびっくりする。
アトムはそういう実感はそれまでなかったので、僕は生きてるんだと飛び上がってしまう。
アトムが人間の18歳の子どもになる。(原子力のパワーをなくし普通の人間になる。)
ロボットだったアトムを人間に生まれ変わらせる。
18歳に選挙権があたえられたが、その先に徴兵制が見えるわけで、いろんな場所に行ける限り行って18歳の人たちと戦争の体験がありますと話し合いをして、そういうことができればいいなあと思います。
たった一回だけ、奇跡的にせっかく生まれてきて、殺したり殺されたりしてしまっている。
もうちょっと考えないと寂しいですよ。
自分一人では何もできない、「ありがとう」と言って死にたいが、それができないのが戦争ですよ。
遠慮しないで好きな絵を描いて遠慮しないで好きな歌を歌える、それすらも規制されるのが戦争。
戦争に対して自分のペースでやっていきたい。