2018年2月16日金曜日

桐野夏生(作家)            ・作家生活25年 新たな挑戦へ(後半)

桐野夏生(作家)      ・作家生活25年 新たな挑戦へ(後半)
ネールサロンには月1回2時間掛かりますが、捻出する時間が大変です。
旅行にも行きたいが時間を考えるとなかなかできません。
作家生活25年になりますが、思いがけない人生です。
デビューが遅かったです。
私は20代の時には、映画関係に勤めて途中で結婚して子供を産んで、最初はシナリオライターになろうと思ったんですが、それから作家になって行くんですが、それが意外なことで、20代は本が好きだったので編集みたいなものが出来ればいいと思っていました。
27歳の頃にシナリオ学校に行きましが、小説家になろうとは思っていませんでした。
小説の方が面白いと思って書き出したのが30歳過ぎですね。
31歳の時に友達がロマンス小説の公募でやらないかと誘われて、書いてみたら心理描写なども書き込めるしシナリオより自分に合うと思いました。
桐野夏生にしたかったが男の名前みたいだと言われて、しかたなくペンネームは桐野夏子にしますと言って、そうすることにしました。

世に出てお金をもらわないと仕事として成り立たないので、小説は表現なので読んでもらって受け止めてもらわないといけない。
反応が欲しい、それによって又次に自分が書きたいものが判って来る。
誰かに読んでもらうことが大事で、多くの人に読んでもらいたいと思う。
自分が何者かというのが言葉を出してゆくうちにバレてしまうので、やっぱり書いている人間にとっては怖いことです。
人に読んでもらうと云うことは自分がどれだけの作家かとか、どれだけの人間かということ、どれだけの作品なのかということが判ってしまうので、もの凄く怖いことでもある。
おびえの壁をいくつも乗り越えていかなくてはいけない。
評判、評論家に言われたりするが、耐えなければいけない、傷ついてしまうことがある。
強くなるためにはおびえを克服するしかない。
作家の仕事は毎日コツコツやって行くしかないので、一人でやる仕事なので鬱屈する人もいると思います。
あるいは自我肥大したり、どっちかかもしれないが、そうするとポシャッとやられたり、鬱屈していると褒められたり、そういったことの連続なので、いかにして客観性をもって書いていくかとしたら誠実に書くことしかないと思います。

6時半ぐらいに起きて、ご飯、犬の散歩などをした後に、9時半から10時位には仕事を始めます。
昼ご飯を食べた後、午後は打ち合わせに行ったり、締め切り間際は打ち合わせも入れず家で書いています。
最近集中力が無くなったので、しょっちゅう切り替えています。
資料の山があり大変です。
読まなければいけない本、雑誌などもあり整理しきれなくて、一つ仕事が終わって捨てたいが単行本が出るので捨てられなくて、次に文庫本が出るので捨てられなくて、そうすると色んな資料の山が出来てしまう。
パソコンで書いてプリントアウトして推敲するので、時々捨てないで居るとなにがなんだかわからなくなってしまう。
物凄い紙の量になってしまう。
60代の後半で、私は長編型なのであと4作ぐらいなのかなあと思います。
今は若い女の人が受難の時だと思いますが、そういう人のことを書きたいとは思います。
後ゆっくりそういうものを含めて考える時間が欲しいと思います。
時代小説などもやってみたいと思いますが、でも多分書かないとは思いますが。
興味をひかれるのは明治維新の時代ですかね。
「ナニカアル」も「デンジャラス」も考えてみると昔の話ですね。(昭和初期)

最近は本があまり売れていなくて、ネットとか面白いし、ビジュアルとして入って来て、小説みたいに時間がかかるメディア、芸術は嫌われて、避けられてゆくのかなあと云う気がして、判りやすい小説だったら読んでみようかという傾向があると思う、頑張って書いていこうと思います。
谷崎の頃は作家にとって幸福な時代で、作家という人達も尊敬されて、作家が時代を率いて行くような時代だったと思う。
今は小説家の役割はそういうところでは無くなっていって、違う人達が率いていっているように思われていて、文学みたいなアートがメインではなくなって、いくつかの中の一つになっていると思う。
小説はすたらさせてはいけないと思っています。
人が違うことを想像すると云う意味では、見えないと云う所でイマジネーションを育てるもの、鍛えるものと思うので人間に必要だと思います。
だからやっていこうと思います。
今年は前に週刊誌で書いていた「路上のX」女子高生が街をさまよう話になるがもう一回ぐらいそういったものを書こうかと思っています。
「ロンリネス」が本になるので、一段落してもうちょっと自分が何をやりたいのか、考える時間が欲しいと思います。
あっという間に時間が経って行くので、何処かで立ち止まって考える時間が必要だと思っています。