奥田敦子(すみだ北斎美術館主任学芸員) ・〔私のアート交遊録〕 北斎が見た鬼!
葛飾北斎は1998年アメリカのザライフミレニアムの過去1000年で最も重要な100人にただ一人選ばれた日本人です。 一度見たら忘れられないその表現で人々の心をつかみ、浮世絵という枠を超えて世界の北斎となっています。 すみだ北斎美術館ではその北斎が描いた鬼の作品を集めた北斎百鬼見参展を開き大きな反響を呼びました。 テーマや構図がシンプルで 一度見たら忘れられないその表現で人々の心をつかんできた世界の北斎の魅力についてすみだ北斎美術館主任学芸員の奥田敦子さんに伺いました。
北斎は特徴として二つあって、一つは多種多様な絵を描いている。 北斎は数えで90歳まで生きていて活動期間が70年近くで非常にながい。 風俗画、風景画、古典様々で、神話、物語の大作、北斎漫画というスケッチ集まで幅広く残しています。 江戸時代では50,60代で亡くなる中、90歳まで元気で描いていたというのは凄いです。 男性的で力強いという事が特徴としてあります。 鬼の絵で言うとに西新井大師総持寺さんで10月に開帳をしている弘法大師修法図などかっこいい鬼の姿をしています。
富嶽 三 十 六 景 「神奈川 沖浪 裏」ですと、大きな波が立ち上がって行って、奥にある富士山に襲い掛かるような非常に迫力のある一瞬を切り取ったような、歌舞伎で言う決まった見栄のポーズのような瞬間を迫力のある一枚の絵として納めています。 一本一本のシャープな線が波の力強さに影響していると思います。 波の一瞬を切り取る目、観察力、能力が凄いです。 北斎漫画に見られるように、意識的にいろいろなものを観ていたんだろうと思います。
赤富士と言われている「凱風快晴」、青い空に赤い富士が描かれているシプルな作品。 時の移りを意識して感じさせる、そういう魅力があります。 富士山が赤く染まるのは夏の終わりから秋の初めにかけて朝日が上がった瞬間に赤富士と呼ばれる現象がある。 時の移ろいを一枚の絵の中に閉じ込めていて、雄大な作品だと思います。
浮世絵というのは庶民に親しみやすい様な絵を、木版技術にむすび合わせて大量生産してゆくので多くの人が絵を観ることができる。 北斎の絵は一回見たら忘れられないような力強さを持っている。 浮世絵としては脇役的な風景画を一躍メジャーのジャンルに押し上げている。
北斎は画風を一定させない。 名前も30回ぐらい変えている。 脱皮する、捨ててゆく。 勝川派に所属していたが、早々に辞めてしまって自分で葛飾派を立ち上げて、門人も多く抱えてはいるが、普通師匠を真似るが門人も結構バラバラなことをやっている。 自由さを求めて生きていたところがあると思います。 引っ越しも93回引っ越しています。 江戸時代の有名人の住所録があるが、北斎の場合は住所不定となっている。 連絡を取りたい人は苦労したと思います。
海外からも評価が非常に高いです。 ザライフという写真誌がありますが、ミレニアムという特集で過去1000年で最も有名な100人を選ぶという中で、日本人で唯一北斎が選ばれました。 北斎の絵がジャポニズム全盛の時代にパリ、ヨーロッパに渡っていて、フランス後期印象派の画家たちが影響を受けています。 海外から一番評価される作品と言うと富嶽 三 十 六 景 「神奈川 沖浪 裏」で、作曲家ドビュッシーが有名な交響詩「海」を作っているが、その表紙に成ったり、形を変えて彫刻作品、絵とかにも影響を与えています。
今年6月に「北斎百鬼見参展」が開催される。 北斎は異例なぐらい鬼の絵を描いていて、北斎を通して日本人の鬼観を見てゆくとともに、鬼によって北斎の魅力が再発見できるのではないかと思って企画しました。 『釈迦御一代記図会』 本の形の浮世絵がありますが、お釈迦様の生涯をたどるというような内容ですが、お釈迦様の一族を皆殺しにするという悪い坊さんが出てきますが、鬼の形態をした雷が破壊するという一図があります。 男性的で角はないが一目で鬼と判る迫力があり、展覧会のポスターにもこの図柄を使っています。 右側に渦巻きが描かれていて、破棄されてゆく様子が描かれている。 北斎が一時期琳派にいた時もあり、俵屋宗達の「風神雷神」がありますが、作品そのものではなくても何らかの作品は目にしたとは思います。
女性の鬼も描いています。 北斎の肉筆画の掛け軸「道成寺図」 伝説では自分を捨てた男を追って毒蛇となった女が、寺の鐘に隠れた男を焼き殺します。 北斎は能の舞台そのもののように描いています。 シテ柱に絡みついて、僧侶たちの念仏と争いながら苦しんでいる姿が描かれている。 鬼の面ではなく顔が生き生きとした鬼の形相になっている。
ユーモラスな鬼も描いている。 「念仏鬼図」 僧の衣をまとった赤鬼が美しい女性の描かれた絵を恥ずかしそうに眺めている絵です。 煩悩を捨てようとするが、煩悩を象徴する美しい藤娘の絵姿をみて、やっぱりいいねと顔を赤らめている様な感じです。
「豆まきをする金太郎」という作品。 北斎が20代で描いた版画の作品。 鬼が豆を拾って食べている。 親しみのあるかわいらしい鬼を描いている。
北斎が亡くなる時に「あと10年、5年生きながらえることが出来れば真の絵描きに成れたのに。」いい続けた北斎の絵に対する執念、いろんなものを描きたかったという事が鬼一つとってみても感じられると思います。
私は絵を描くことも好きでしたし、親によく博物館などにも連れて行ってもらいました。 俵屋宗達の風神雷神を見ていいなあと思いました。(幼稚園か小学生のころ) すみだ北斎美術館が出来る準備段階から携わることが出来ました。 いい経験になりました。 浮世絵は色が退色しやすいので、照明の配置なども考えないといけない。 絵が細かいのでお客さんが見やすいようにケースの奥行なども考えないといけない。 保存と公開の難しさはあります。 北斎の観察力、オリジナリティーなど興味が尽きないです。 今興味を持っているお薦めの一点は、「諸国名橋奇覧 足利行道山くものかけはし」 現在の栃木県足利市にある行道山浄因寺の本堂と茶室の清心亭を結ぶ天高橋が描かれている。