2022年12月13日火曜日

鈴木比佐雄(詩人・出版社代表)     ・困難な時代を詩歌の力で切り拓く

 鈴木比佐雄(詩人・出版社代表)     ・困難な時代を詩歌の力で切り拓く

1954年 東京都荒川区に生まれる。  福島県いわき市出身の祖父と父親は戦後の一時期迄石炭の卸業を営んでいました。   鈴木さんは大学で哲学を学びながら詩を書き始め、1987年32歳の時に詩誌「コールサック」(石炭袋)を個人で創刊しました。  2006年には法人化し、これまで多くの作家の詩歌集、小説、評論集などを発行しています。  鈴木さんたちの編集で今年6月「闘病、介護、看取り、再生詩歌集」が発行されました。  パンデミック時代の記憶を伝える、と副題がついたこの詩歌集、アンソロジーには古今の241名の作家の詩、短歌、俳句が収められています。  コールサック社のアンソロジーとしては2007年の原爆をテーマにした第1詩歌集から数えて20冊目になります。  

この20年間ぐらい韓国、ベトナム、中国などの詩人と交流していて、コロナ禍でそういう活動が出来なくて残念です。   その分沖縄の詩人との関係が深まって、この5,6年30冊の本を刊行できたことは奇跡的かなあと思っています。   今年は本土復帰50年でもあり、その作家たちを10名ほど集めて、合同出版記念会を開催して、文字化して最新号に収録することが出来ました。   福島のいわき市で昨年、3・11から10年福島浜通りの震災原爆文学フォーラムを地元の方、作家(玄侑 宗久ほか)とこの10年間の震災原発を纏めるような集まりをしました。  

「闘病、介護、看取り、再生詩歌集」は20冊目になります。  人類が経済発展のために地球環境を破壊し、この数百年に数多くの絶滅種や絶滅危惧種を作り出してきたことへの贖罪の思いをもっているのではないかと思います。  動植物の生き物たちへの尊敬の念があって、それらを作品で明らかにしようと思いました。   新型コロナで世界中で約600万人が、日本でも約4万人が亡くなっています。   悲劇の記録を残すべきだと考えました。    私のアンソロジーの発想の源には、宮沢賢治の童話などがあります。    この時代はパンデミックの時代であり、100年前のスペイン風邪じゃないかなと考えました。   宮沢賢治の「春と修羅」の中の詩「永訣の朝」が重要な作品だと直感しました。1918年に宮沢賢治の妹トシがスペイン風邪に罹りました。  1922年に肺を病んで賢治に看取られながら亡くなりました。  スペイン風邪によって約40万人の日本人がなくなったと言われます。 

「永訣の朝」 

けふのうちに
とほくへいつてしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふつておもてはへんにあかるいのだ
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
うすあかくいつそう陰惨いんざんな雲から
みぞれはびちよびちよふつてくる
   (あめゆじゆとてちてけんじや)
青い蓴菜じゆんさいのもやうのついた
これらふたつのかけた陶椀たうわん
おまへがたべるあめゆきをとらうとして
わたくしはまがつたてつぱうだまのやうに
このくらいみぞれのなかに飛びだした
   (あめゆじゆとてちてけんじや)

・・・中途略

 (うまれでくるたて
    こんどはこたにわりやのごとばかりで
    くるしまなあよにうまれてくる)
おまへがたべるこのふたわんのゆきに
わたくしはいまこころからいのる
どうかこれが天上のアイスクリームになつて
おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに
わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ

この詩は宮沢賢治の詩のなかでも傑作だと思います。  

詩歌は個人原語から発しますが、心の深層を掬いあげることで,未来の公的言葉になる可能性を秘めた言葉の発端なんですね。  詩は抒情詩が重要だと思われるかもしれないがそれだけではなく、歴史的な事実を記録し、歴史を検証し、未来の危機に警鐘を鳴らす叙事詩を想創造します。  優れた根源的な詩は抒情詩と叙事詩の両面を併せ持った重層的な詩だと思います。   ハイデッカーが言った「詩は歴史を担う根拠である。」という事には大きな影響を与えられました。   

2007年に2度と核兵器を使用させないという思いを結集させて、刊行した『原爆詩一八一人集』の日本語版と英語版が最初です。  それから毎年1冊以上刊行してきました。  2018年に刊行した「沖縄詩歌集」からは短歌、柳歌、俳句、詩などの詩歌全般を記録しています。  1997年に、浜田知章さんという詩人がいて、広島、長崎の悲劇を詩に書いて世界に発信すべきだと構想して実践していた詩人でした。  彼と広島の街を歩いた時に「原爆詩集」のようなものを作りたいと思いました。  その10年後に実現しました。    浜田さんは2008年に亡くなったので浜田さんの遺志を引き継いで出来たと思います。 英語版も完成させて国連の広島にある日本支部に寄贈して、国連の人が日本支部に来たら渡して読んでくださいとお願いしました。  宮沢賢治学会という宮沢賢治を研究する団体がありますが、2008年9月に第18回宮沢賢治学会イーハトーブセンター『イーハトーブ賞奨励賞』を受賞しました。  選考理由が世界中の人々の幸せを願う宮沢賢治の精神を世界に発信したという事を言っていただきました。   

2012年「脱原発自然エネルギー218人詩集」 日本語と英語の合併版で海外の大学からの購入もありましたし、アメリカのオレゴン州の詩人が来日して218名から50名を選んでアメリカ版を刊行したいと言う事で実現しました。   

2016年に元教師と共に刊行したいじめに苦しむ人たちや、働き過ぎの教師の学校現場を励ますというのがテーマで、少年少女に希望を届ける詩集という事で刊行しました。  大きな反響がありました。  3版目は1000冊を学童保育所、子供食堂など多くの子供がいる施設に無料で届けることが出来ました。  

2018年には「沖縄詩歌集」2019年には「東北詩歌集」を刊行しました。     「沖縄詩歌集」は吉永小百合さんと坂本隆一さんが2019年1月に沖縄でのチャリティーコンサートで6編を吉永小百合さんが朗読、坂本龍一さんが伴奏しました。  2020年には「アジアの多文化共生詩歌集」を作りました。   

20世紀で最も影響力のあった書物としてハイデッカーの「存在と時間」があげられると思います。  よく存在感があるなとか言われますが、存在者の背後にあるなにかエネルギーを発する輝きのようなものだと思います。   ハイデッカーは存在者の存在に驚き、それは不思議で奇跡的なことだと考えて、存在への問いを発する、現存在、今ここにいる存在であるという。  人間は日常的には世界内という、世界の意味の連関の中に投げだされていて、道具を使用し、生かされる非本来的な共同存在でもあると言われる。  しかし人間は本来的な時間を生きる有限で実存的な存在、ハイデッカーの言葉で言うと「死に臨む存在」なのではないかと言います。  つまり存在とは「死に臨む存在」の自分の有限な時間を言葉にして生きる意志だと私は解釈しました。  

賢治の「永訣の朝」では、賢治は妹のトシの「あめゆじゆとてちてけんじや」と言う魂の言葉を胸に刻みます。  その言葉を自ら生きてゆく指針として「おまへとみんなとに聖い資糧をもたらすやうに わたくしのすべてのさいはひをかけてねがふ」と言い、妹とみんなに幸いをもたらすような詩や童話を残そうと誓って、実践した様に思われます。    賢治の仏教的な慈愛に満ちた言葉は、ハイデッカーの言う「良心を持とうとする意志」に近いと私は思えます。    

村山 槐多(むらやま かいた)の詩

「死の遊び」 

死と私は遊ぶ樣になつた

靑ざめつ息はづませつ伏しまろびつつ

死と日もすがら遊びくるふ

美しい天の下に

 

私のおもちやは肺臟だ

私が大事にして居ると

死がそれをとり上げた

なかなかかへしてくれない ・・・

1919年スペイン風邪で23歳で亡くなった天才的な画家でもあった村山 槐多の死生観を示している。

沖縄の玉城寛子さんの短歌

*「残照のごとく内耳にこだまする僕も頑張る君も頑張れ」?               心臓を患う作者と胃を患う夫婦が、極限まで励まし合う愛に満ちた言葉になっている。

梶谷和恵さんの詩

*「抱っこ」

抱っこと母が言う。  まあるい澄んだ瞳の母が言う。  お母さん、今何が見える。  お母さん、今温かいよ、と母の体温と母への感謝を全身で感じ取っている。    

東京の川村蘭太さんの俳句

*朝粥を冬火に混ぜて今日始まる                           失明した妻を介護する川村さんは朝粥に季節の野菜などを入れて妻の食事を食べさせて介護に一日が始まる。

京都の浅山泰美(ひろみ)さんの作品   長い介護の末に母との最後の夜を過ごすが、死に水を取り、その唇に母が好きだった紅を引いたのかもしれない。  

金子兜太さんの作品も載っています。

どれも妻の木くろもじ山茱萸山法師

合歓の花君と別れてうろつくよ

妻が育てていた樹木をうろついて、亡き妻と対話していたと思われます。


中原中也の詩

「春日狂想」 「愛する者が死んだ時には、自殺しなければならない」死をテーマとした作品の重み

黒田杏子さんの俳句

兄に逢ふ弟に逢ふほたるかな 

*母の声ほーたるを呼ぶ母の声 

沖縄の医師の川上正人さん

「ぽつねんと消える さよならは悲しみにあらず  老いて死ぬは又とない幸せ」     

来年は多様性がはぐくむ、地域文化詩歌集を公募して、進めていこうと思っています。

*印は内容、文字等不正確な可能性があります。