2022年12月18日日曜日

柴田昌平(映画監督)          ・〔美味しい仕事人〕 耕す人々の声を聴く

柴田昌平(映画監督)          ・〔美味しい仕事人〕 耕す人々の声を聴く 

食の原点である農、その農業に誇りを持ち自らを百姓と名乗る人々がいます。  目の前の自然をくまなく観察し、自ら考え、先人たちの知恵と農家同士で得た情報を絶えず学びながら自らの身体を使って作物を育てています。  映画監督の柴田昌平さんはそうした百姓の皆さんの英知を訪ねたドキュメンタリー映画「百姓の百の声」を制作しました。  映画では全国80人の人をインタビューし、農家の人々が何と向き合い、そこからどのような知恵や工夫、そして人生を得たのかを描いています。

「百姓の百の声」  10月に一回授業させてもらったことがあって、百姓と言うイメージをどう思っているか聞いたらマイナスと思っている人が半分ぐらいいました。  農家の人に出会うと、百姓は百のことができる、百の技術を持っている、自分で何でもできる人という事でポジティブな言葉なんです。  イメージを復権させたいと思って「百姓の百の声」と映画のタイトルに付けました。    4年前から取材しようと思ったのですが、最初は農家の方々が本気で話す言葉の意味が全くわからなかったんです。   知恵がずーっと積み重なっていて、ちょっとした状態を見分ける言葉が沢山ある、物凄く豊富な知恵と言葉がある。    50年前の日本人だったらもっと判っていたと思う。   農家の人達との断絶を感じたし、だからこそ農家の人たちが持っている価値、マイナスに思われてしまっている強さを「百姓国」と改めて僕たちとは違う世界観、価値観があるんだという事を思った方が理解しやすいし、素直に可能性が見つけられると思いました。

以前、和食をテーマにした 日仏合作ドキュメンタリー映画を作ったことがありました。  「千年の一滴 だし しょうゆ」   日本酒の杜氏さんのところに1週間泊めてもらって仕事を手伝わせてもらったことがありました。  最初は米を洗うんですが、米の種類によって何秒漬けるのか、秒単位で変えてゆくんです。   お米は種類によっても違いますが、環境、作り方、作る人によって違ってくるというのに吃驚しました。  「百姓国」の人をどうやって探すか判らなくて、農山魚村文化協会(出版社)に相談に行きました。  たまたま学生時代の友達がその編集局長をやっていました。   お米に限らず人を紹介してほしいと言いました。  「農家の人って、誰を選んでも知恵、工夫、物語があるよ。」と言われたのが印象的でした。  どうしたらいいかわからなくなり、農山魚村文化協会が取材に行くところにくっついてゆくしかないと思いました。 実際映画に出てくるのは13組の人で21歳から93歳までの人たちでした。  吃驚したのは千葉でトマト栽培している93歳の方(若梅さん)でした。 トマト栽培では日本でも屈指の人です。  昭和20年に就農(17歳)、当時はトマトのことを西洋の赤茄子と言っていたそうです。 

農業を始めた時に3つの信念を持ったそうです。  ①己の職業を道楽と思え。(自分が好きだと思ってやっていれば失敗しても乗り越えてゆける。)  ②記録を取る。 ③絶えず新しい技術に挑戦すること。 2019年の台風でビニールハウスが全壊しましたが、自分で立て直して、10代の少年のような眼を輝かしながら、今年はこれを試しているんだよと言っていました。   農家は研究者であり、挑戦者であり、クリエーターでもあり、経営もしなくてはいけない。  

茨城県竜ケ崎、横田さんを取材しましたが、稲作をする人が少なくなってきて、横田さんが引き受けて面積を増やしているうちに、今では甲子園球場123個分(東京デズ二ーランド3つ分)だそうです。  面積が増えても田植え機は一つにする。  栽培方法を研究してゆく。スタッフがいますが、田植えは横田さんがやります。 水の管理とかいろいろありますが、専門スタッフがいます。   お米の値段が下がってきてしまっているので、稲作農家が一番負担がかかっています。   稲作では環境も守っている。  

佐賀県でキュウリを作っている山口さん、日本でも有数のキュウリつくりの名人。  冬場に提供したいという事でハウス内の環境をどういう風に作って行けば、キュウリが一番生き生きしてくるのか、オランダからのデータの技術を生かしながら、キュウリと対話する、きゅうりの心を読む、という事だそうです。  それは長年の知恵です。  その技術をオープンにしています。  毎年10人程度の研修生に自分の技術を全部教えています。   農業は独り勝ちは出来ない、みんなで高めてゆくことが大事だそうです。  原田さんという30代のご夫婦は介護の仕事をしながら4人の子供を育てていたそうですが、農業をやろうという事で山口さんのところに来たそうです。  目を輝かしてキュウリ栽培をしています。

料理の取材にも行きましたが、トップシェフであればあるほどオープンなんです。  農家でも同様です。  しかし、いろいろ細かな事には知恵、工夫が必要だという事です。  

今は飽食の時代で、「お百姓さん有難う。」というような気持が食卓から消えてしまっていると思います。  

映画を観終わった後、話をしたり、交流したり、質問したりという時間を大切にしたいと思っています。   自分自身も30平米借りて体験農園をやっていて、いろいろ判ることも多いです。    大学3年生の時に、山梨県の標高の高い村に連れて行って貰って、農家で手伝わしてもらいながら、おじいちゃんおばあちゃんたちの人生を聞くという事があり、それが一番最初の農業との出会いでした。  一番驚いたのは時間軸の違いでした。  明日の事からいろんなスパンの時間軸が暮らしの中に入っていて、時間軸の豊かさに驚きました。 その後NHK沖縄放送局に入って、いろいろなことを沖縄の人から教えられました。    東京に転勤して半年でNHKは辞めました。   姫田忠義さんという記録映画監督を尊敬していまして、宮本常一さんがやっていたことを映像で庶民の暮らし、生活文化を記録するという記録映画の監督です。  NHKを辞めたその日に弟子入りさせてくださいと頼みました。   姫田さんの元で山の村の暮らしを映像で記録するという事を行いました。 

2012年 NHKスペシャル「クニ子おばばと不思議の森」 (循環型の焼き畑農法を守るクニ子さんのドキュメンタリー) 焼き畑農法は柳田國男などは環境破壊だという事で撲滅論者だったんですが、焼き畑は自然の摂理を判っている循環型の方法だという事で宮本常一さん等は凄く評価しています。   焼き畑を短期的にやると環境破壊になるが、クニ子さんとその家族が伝えてきた焼き畑農法をじっくりと映像にしました。  これも吃驚することだらけでした。  

2013年 NHKスペシャル「和食 千年の味のミステリー」 2014年 日仏合作ドキュメンタリー映画「千年の一滴 だし しょうゆ」 などで多くの賞を頂きました。       「百姓の百の声」は取材してから4年間かかりました。   食材の見え方も随分変わってくると思います。   農業の問題というのは現場を見ないで考えるうえでは、数字だけ考えると凄く危機的状況だという危機的側面もありますが、そこだけ言っててもしょうがない。一緒に考え一緒に参加して、みんなの共通理解になって行くと、もっと「百姓国」が豊かになって行くと思います。  この映画に出てくる皆さんはみんな輝いています。   土と戯れる、生き物と一緒に何かやる、対話してゆくというのは、人間の本能の喜びを引き出す、自分の中に眠っていた子供的な好奇心を引き出してゆくんだと思います。