渋谷正信(プロ潜水士) 心をこめて海と付き合う
1949年北海道生まれ 24歳で水中で作業するプロの潜水士になり 35000時間の潜水経験を持つという日本でも有数の潜水士です
湾岸工事、東京アクアラインの建設その他多くのプロジェクトに係わってきました
水の中の森作りや泳ぎを通した人作りにも取り組んでいます
壱岐は海女さんが沢山いるが漁獲量が減っている 藻場の調査をする
レオタードで潜っている ウエットスーツで潜ると長い時間作業ができるので取り過ぎる
傾向がある それでレオタードにした模様 藻場が少なくなってきている
春と秋きちっと押さえておくと海藻が生えるパターンが判る
その生えるパターンが判るのには3年~5年は掛かる
全国で係わりの有る場所 35箇所(藻場の調査対象の場所)
工事 1日平均10か所の持ち場が有り順番に回ってみて歩く 安全にやっているかどうかの確認チェック も行っている
東京湾アクアラインの場合 海底調査をまずダイバー行う 金属探知機で危険物の有無 戦争中に不発弾があるかどうかの確認をする
それを基に杭打ち等の設計を行う 最初水中に杭を打つ(杭打ち船) 水の中の杭の誘導はダイバーが行う 1~2cmの誤差以内で杭を打たなくてはいけない
海上の人と電話でやり取りしながら作業する 危険は何度もある
不発弾の確認の為に3mのところに入るが見えなくて探しているうちにロープが足に絡まって
それにおもりが付いていて ボンベに空気が無くなってきて 完全に空気が無くなった
上がろうとばかり思っていたが潜っておもりを持って思い切りけったら
水面に顔が出た 又沈んでしまう 3回ぐらいやっているうちに船に乗っている人が気付いてくれて助けてもらった 慢心はいけない 絶対甘く見ない
石をきちっと並べるのもダイバーが行う
阪神大震災の時に応援に行って港が破壊されたのを見て愕然とする
汚水が流れている処を入る 頼まれれば油の中、コンクリート(固まってない)の中にでも入る
東日本大震災の時は救援物資を運ぶのに船を使う予定だが港には瓦礫が散乱してしまっていて船が入れないため瓦礫を除去する作業を要請される
遺体を上げたり捜索は今までも有った 遺体捜査も行った
海の森作り きっかけ 苦い経験が有った それまでは強さを求めていた
プロのダイバーになったらなおさらそれを求めていた
右腕だった人に 2か月出張中に会社が乗っ取られた状態になっていた
家から出られないような状態になった
自分て弱いんだなあと思う事によって楽になった 弱い者にも目がいくようになった
海も綺麗な方がいいよなと思うようになった
湾岸戦争でペルシャ湾に原油が流れ出した光景を見て ワーッと海が叫んでいるように思えた
行くまでにいろいろハードルが高かった オイルフェンス 日常的にやっている
日本の政府がオイルフェンスを提供したと言うのでこれなら手伝いができると思った
政府と掛け合ったが駄目だと言われてしまった
イラク、バクダットに救援物資を運ぶボランティアの団体が有りそこを紹介してもらった
自分の会社の仕事をほっぽり出して出掛けた
アクアラインの基礎工事の場所に魚が付いてきた
他の現場でもしばらくして行ってみたら魚がいた事を思い出す