穂村弘(歌人) ・〔ほむほむのふむふむ〕春日武彦(精神科医)
春日さんは1951年京都府出身、大学卒業後産婦人科医として6年務めた後、思うところあって精神科医に転向しました。 大学病院や都立病院を経て、現在は東京都内の病院の名誉院長として患者さんの診察にもあたりながら、執筆活動も続けています。
どんな短歌にも意識しなくてもその時代や社会の空気は必ず反映されています。 「短歌ください 海の家でオセロ篇」という本があり、そこからお互いに春日先生と話していきたいと思います。
穂村選
「あのうるさいサイレンを祈りながら待つ人がいるどこか近くで」長田彩伽(19歳) 穂村:これを読んだ時にはっとしました。 ノイズの様にしか感じないが、「祈りながら待つ人がいるどこか近く」という感受性って、凄いと思いました。
春日:視点を切り替えられる大切さが凄い重要だと思います。 サイレンの音が止まった時にドキッとするようなこともあります。
春日選
「絵日記をのこさず山羊が食べたので山羊を連れてく九月一日」 関根裕治(46歳) 春日:「山羊を連れてく」という発想がいいのと、いろいろの色が描かれた絵日記を食べたヤギのお腹の中はカラフルでいっぱいなんだろうなと思います。
穂村選
「九階でドアがひらいて俺をみた女子高生がマジか乗らない」 折戸洋(53歳) エレベーターを使わないのが味噌で、だけどエレベーターとわかる。 マジかという言葉のいれ方のタイミングが面白い。
春日選
「ためらいもせずきんいろのおりがみでざつなひこうきをつくりやがって」 たろりずむ(44歳) 春日:この歌は全部平仮名で書いてある。 平仮名で書いた作品としては素晴らしいと思います。 金色の折り紙は特別なもので、ぞんざいに扱っていい加減な飛行機を作ってしまって、とシンプルでストレートな気持ちが出ている。 平仮名の必然性を感じる一首だと思います。
穂村:若い人はこういった気持ちを共有できるかどうか? 「つくりゃあがって」という終わり方が面白い。
穂村選
「自転車屋の前でカラスが死んでいた特に目立った外傷もなく」 松木秀 穂村:なんか怖いんですね。 死の因果関係のないところの怖さがある。 春日:カラスの死体があるところを通ったら、それを守る為なのかカラスに蹴られた事があります。 本気になると突っつく。
春日選
「プレハブの裏に作られた蜂の巣を観終わった人から順に出てくる」朝田おきる(38歳) 春日:これって何の意味もないけれど、しかしなんか気になる。
穂村:自然物がある長い時間を経ると拝まれたりすることがあるが、我々の深い意識をちょっと揺さぶってくるような、面白い句です。
穂村選
「犯人は朝のコップを洗い終え、その時はまだ犯人でなく」 鈴木晴香 穂村:今は何もしていないけど、これからその人は犯人になりうるという、この人は実際に犯人になってしまった。 不思議な気持ちになります。
春日選
「飛びあがり入道雲さえ抱きしめたい 犬が来るまであと一時間」 吉田晶雄(31歳) 春日:猫ではなくやっぱり犬だと思います。 気持ちの躍動感が伝わってきます。
穂村選
「ゴキブリが好きな匂いと書いてあるとてもいい匂いのする薬」 たろりずむ 穂村:ゴキブリ駆除に好きな匂いでおびき寄せるという薬の説明書きだと思いますが、こっちの「とてもいい匂いのする薬」というのが面白い。
春日選
「いるはずのハチ公前にいないのでハチ公前をひろげて探す」 鈴木ジェロニモ(26歳) 春日:「ハチ公前を広げて探す」という、一見突飛だけれど頭のなかではそう考えて実際そいうやっている。 とりとめにない気持ちを短歌できっちりと綺麗な形でうまくまとめ上げている。
穂村:ハチ公前と言っても、人によって範囲が違う。 「ハチ公前をひろげて探す」という上手な歌ですね。