キャシー中島(タレント・キルト作家) ・〔わたし終いの極意〕 喜びも悲しみもキルトとともに
キャシーさんはハワイ生まれの横浜育ちで、今年71歳。 芸能生活とキルト作家としての活動はともに50年になりました。 私生活では俳優の勝野洋さんと結婚し、3人のお子さんをもうけましたが、2009年モデルで歌手の長女の勝野七奈美さんをがんのため、29歳の若さで亡くしています。
アメリカンパッチワークというのは、リサイクルから始まったものです。 つなぎ合わせた布と布、そしてそれが一枚になった時に間に綿を挟んで、裏布を付けてキルティングというものにしたものをキルトと言います。 始まったのは西部開拓時代と言いますから、今から250年以上前のことです。 ヨーロッパから移民した人たちが、持ってきた洋服がどんどん古くなっていって、大丈夫そうな部分を四角に切って取っておいて、それを繋ぎあわせて、幌馬車の幌の穴の開いたところにかけたり、赤ちゃんをくるんだりする、リサイクルとして始まったのがアメリカンパッチワークと言われています。
小さいころ父と母が離婚してしまって、5歳から母と私の生活になりました。 母が仕事に行ってしまって近くの叔母さんの家に預けられました。 布を一杯くれて、それを繋ぎ合わせて貼っていましたが、10歳ぐらいになった時に、針をもって縫うようになりました。 小学校5年生ぐらいの時に「若草物語」という映画を観て、ベッドにかかっていたカバーとか、お母さんが縫っていたものがとっても綺麗で、作ってみたいという気持ちはありました。 その後モデルの仕事をして17歳ぐらいから始めて、20歳になってタレントになる時、モデルの最後の仕事としてロサンゼルスに行きました。 キルトショップに行ったら映画で見た同じデザインのキルトが飾ってありました。 それは買えないという事で、作り方を教えてもらって、布も買って、自己流で縫ったのがパッチワークキルトの始まりです。
日本では50cm以上あるいは1m以上ではないと売らないという事でしたが、30cm角に切った布を布セットとして売っていただけないかと交渉をして買わせてもらいました。 その後結婚しても子供のためのいろいろなものを作りました。 キルト綿は売っていなかったので、古いタオルケットを間に挟んでミシンで縫っていました。 昨年「私のキルト」という本を出しました。 ハワイアンキルトはアメリカンパッチワークとは全然違います。 ハワイアンキルトは大きな布を三角形に8枚にたたみ、デザインを描いて8枚を一緒に鋏でカットしていきます。 ハワイでは洋服を着る習慣がないのであまり布がないんです。 1820年に宣教師の人たちがハワイにはいって、その妻たちが王様の家族に縫う事を教えたと言います。 鋏でカットしたものはきちんとしたデザインが生まれます。 2m~3mぐらいの角の布を使います。 1年半ぐらいかかります。
ステンドグラスキルトと名付けたものがあり、自分の好きな絵を描いて、そこに好きな布を白い布の上に貼って行きます。 黒い布を乗せてくりぬいていきます。 モラ(パナマの手芸。色の違う布を重ねて縫い、模様の形にくりぬいて作る。)という手法がありますが、それに近いです。
ちょっと空いた時間を利用して、それを日々行っていて自分の生活タイムに合っていました。 無心に縫えることがいいです。 俳優の勝野洋と結婚したのが1979年で結婚後44年になります。 一昨年の結婚記念日に夫婦で踊っている動画を配信しました。 長女の七奈美、次女が雅奈恵、長男が洋輔の3人です。 娘が結婚式を挙げて1週間後ぐらいに咳がひどくて、新婚旅行には行きましたが、帰ってっ来て肺がんということが判りました。 小細胞肺がんという事で手術が出来ないという事でした。 その翌年2009年の7月7日に亡くなってしまいました。(29歳)
落ち込んで具合が悪くなったら七奈美の望むことではないと思って、或る日赤い服を着て大きな帽子を被って銀座の歩行者天国を歩いたら、気持ちが楽になったような気がしてこれでいいんだと思いました。(3か月後ぐらい) 人生は何が起こるかわからない、後悔しないようにしなけければいけないと思いました。 夫もがっかりして大変でした。 残った2人の子にはなんでもやらせてあげようと思って、二人ともフランスに留学しました。 雅奈恵が結婚して女の子の孫ができました。 夫は良く面倒をしています。
80代になったら、そういったホームには入りたいと思います。 夫よりも1か月早く亡くなりたい。 夫は色々な支払いとかめんどくさいことをやっていないので、一回味わってほしいと思います。 ママが居ない人生はつまらないと、味わってほしい。 夫は寡黙だと思われるかもしれませんが、凄くしゃべります。 健康がまず第一番ですが、くよくよ考えない、考えても解決はしない。 キルト協会ができて大きなキルトショーをやろうしていて、キルトをやる時間はアートの時間になって来ました。 最高齢の生徒は96歳になります。
私の場合は葬式が終わった後はパーティーにしてほしいと思います。 色は白とブルーとピンクが好きなので、黒ではなくピンクを着て欲しい、着なかったらピンクのものを一杯付けてほしいと思います。 葬儀会場で動画も流したしたいと思っているので、亡くなる前に動画も撮っておこうと思っています。 私じまいの極意とは「ハッピー」ですね、自分がハッピーでいる事です。