山口仲美(埼玉大学名誉教授・国語学者) ・【私のアート交遊録】古典が教えてくれた生きるチカラ
1943年静岡県生まれ、古典の文体,擬音語、擬態語研究の第一人者として知られ、2008年には日本語学研究で紫綬褒章を受章、古典に潜む日本人の生きるうえでの知恵を判り易く語り多くのファンがいます。
中でも山口さんが引かれているのが「今昔物語」です。
大腸がんやすい臓がんを経験した時にも「今昔物語」に描かれていた人々から元気をもらっていたといいます。
その経験をもとに書いた「大学教授がガンになってわかったこと」では同じような病気に苦しむ人たちを勇気付けてきました。
現在も山口仲美著作集の刊行に向けて、精力的に活動を続けています。
人生100年時代に生きる私たちが、古典文文学に息づく人々の力強い生き方から学ぶべきこととは何か、人生を古典とともに歩んできたという山口さんに伺いました。
大腸がん、すい臓が という二つをやってしまいました。
5年たつと生存率は高くなるが、油断するといけないと思って用心しています。
日常生活は食べ物、運動を適当にするといったことに気を付けています。
生きがいを模索する。
今昔物語集の中の増賀上人というお坊さんの生き方が好きで、亡くなる前に弟子達に碁盤を持ってこいと言って10番勝負をして、やりたいと思っていたのであー満足したといって、次にあおり(馬具の一つ。鐙(あぶみ)と馬のわき腹との間に下げた、かわ製のどろよけ。)を持ってこいと言って、それを身に付けて踊って、若いころやりたいと思っていたといって、全部やりたいことをやって亡くなるわけです。
そんな生き方が大好きなんです。
大腸がんになって4年たってすい臓がんになり、自分のことを振り返って馬鹿だと思いました。
馬鹿な患者の体験「大学教授がガンになってわかったこと」を書けば賢い患者になってくれるのではないかと思いました。
早期発見しましたという便りをいくつかいただきました。
今昔物語集の中に1040ぐらいの説話があります。
長良川は氾濫して、少年が流されたが、木の葉をつかむ。
翌日水が引いて、少年は助かったと思ったら、崖のてっぺんから横に突き出ている大木の先端に乗っていたんです。
村人たちが少年を見つけたがなすすべもなかった。
少年は「このままいたらおっこちゃうよ、どうせ死ぬならやってみる、みんな網を集めて僕を受け止めて」といったんです。
飛び降りたら途中で気絶するが運よく網の上に落ちて、九死に一生を得たという話がありますが、この少年の「どうせ死ぬならやってみるというチャレンジ精神」が大好きなんです。
女性のくよくよ悩んでないで行動力のたくましさを感じさせる話があります。
浮気好きの夫がいて、奥さんは若い、奥さんはきれいに着飾って外出した。
笠をかぶっていて顔は見えない、夫が彼女を口説く、事実かどうか確認するそういう行動力のたくましさを教えてくれる。
夫はペコペコして謝って仲良く過ごすが、まだ落ちがついていて、旦那さんがなくなると奥さんは女盛りになって再婚したという話です。
浮気を事実かどうか自分で確認する、つつがなく生きる、次のチャンスがあったらそれにもしっかり乗る、現実にたくましく生きている。
こういったものも好きです。
たくましい女の生き方の話がいっぱいあります。
一人で生きるという覚悟ができている。
夫婦の信じあう力という話もあります。
中国の話で、中国では石の卒塔婆を作る。
石匠に王様が発注して立派な卒塔婆を見て、よその国に行っても立派なものを作るに違いないと思って、石匠を殺してしまおうとするが、卒塔婆の上にいるときに石匠は足場を崩してしまう。
石匠は降りられないが、妻は絶対いい知恵を出すに違いないと思って、服をといで糸にして糸を降ろした。
妻は夫は犬死するわけはないと思って、その糸を見つける。
妻は家に帰って大小のいろんな縄を持って、糸の先にもうちょっと太い縄を付けて夫に引き上げろと伝える。
夫は引き上げ、徐々に太い縄を上げてゆき、最後は人が伝わって降りられるような縄を伝って降りてその国から夫婦は逃げ出した。
信頼感に結ばれた夫婦の姿がある。
命よりも大切なものはないというそういう行動をします、庶民の世界、それが今昔の世界です。(1100年ごろの武士が台頭してくる前の世界)
貴族のみやびやかな生活が行き詰って次の力が台頭してくる、その先取りの時代です。
命があればいいじゃないか、というその考えが根幹にあるので知恵を絞って生き延びようとする、それが現代人に物凄く勇気を与えてくれる。
源氏物語をコミュニケーション論から見るという研究をした事があります。
当時の男女は現代の男女よりもっとコミュニケーション力があった。
男が現代よりもコミュニケーション力が優れていた。
一夫多妻制なので一人の男が複数の女性をリードしていかなければいけないので、コミュニケーション力がないと女性たちを統率できない。
まめなコミュニケーションを持っている。
会話のイニシアティブをとっているのは男性で、93%は男性から発話している。
女性は円滑なコミュニケーションを持っている。
女性が拒絶する仕方もなだめながらトラブルがないような拒絶の仕方をする。
女性には経済基盤があった時代でした。
女性に経済力がなくなって男性は別の女性のところに向かおうとするが、「どうぞそちらに行って」という、男性は新しい男ができたのではないかと疑がって見張るが、嫉妬心をジーっと抑え込んでいる女性をみて、仲が戻るという話、これは耐える力だと思います。
耐える力も生きるうえで必要ではないかと思います。
冷や汗をかく、というのも陳腐な言い方で今昔では「歯から汗出ず」と言ったりします。
「足の向きたらんかたに行く」 気の向くままというのではなくて。
ほかにもたくさんあります。
言葉が生きているという感じです。
擬音語、擬態語に凝っています。
「おべんちゃら」 弁舌の弁、弁がちゃらちゃらしているわけです。
最初は江戸時代だど「弁ちゃら」、明治では「おべんちゃら」になる。
つまみの「はたはた」 日本海側では11月下旬ごろからたくさん獲れるが、そのころは雷が鳴るが、室町時代には雷の音を「はたはた」と言っていた。
雷様をはたはた神と言っていた。
雷が鳴るころに獲れる魚だから「はたはた」と言っていました。
枕草子はエッセーだが、そうではなくて、マナー集とした読み方もあります。
「にくきもの」、忙しいのに長居をする人も「にくきもの」、せっかく夜来た男性が帰りそびれた人(当時は顔が見られる時期になると帰ってはいけない)を匿っているのにそこでいびきをかいてしまうもの、それも「にくきもの」です。
今昔は元気をもらえるし、表現が面白い。
下ネタも誠にうまくいやらしくなく描かれている。
今昔の作者は判っていません。
多分お寺のお坊さんではないかといわれています。(諸説あります)
巻28当たりから世俗説話の面白い話が満載です。
古典は短編から読んだ方がいいと思います。
命に勝るものはない、という考えが現代人に必要な気がします。
そうするといろんなことが許せるし、可能性が広がっていくと思います。
山口仲美著作集8巻を執筆中で巻4まで来ています。
いろんなことをやってうまい下手はどうでもよくて、楽しければいいという生き方をしてみることが100歳まで生きるコツだと思います。