2019年3月16日土曜日

寒川 旭(産業技術総合研究所 名誉リサーチャー・「地震考古学で探る未来の地震」

寒川 旭(産業技術総合研究所 名誉リサーチャー・「地震考古学で探る未来の地震」
東日本大震災から8年が経ちました。
今,南海トラフで発生する大地震が心配されています。
寒川さんが提唱した地震考古学は遺跡にある地震の跡と、古文書などの歴史資料の記述資料を照らし合わせることで地震の発生年代を特定し、発生間隔を把握、将来の地震の発生を予測し、防災に役立てようと言う学問です。
その研究成果から大きな地震には周期がある事、南海トラフなどのプレート境界で発生する巨大地震の場合には数十年前から多発する事が読み取れると言う事です。
地震考古学で何がわかったのか、これからの注意点は何か、伺います。

2018年6月18日、最大震度6弱の地震が大阪で起きました。
下からドンと突き上げるように10秒位ありました。
M6.1で規模の割には都市部だったので被害が大きかったです。
活断層が起こした地震ではないですが、内陸部地震です。
有馬 高槻 断層帯が大阪北部にあり、南北に走る上町断層帯があります。
両者の間の小さな割れ目が地震を起こしたと言う感じです。
大きい地震はプレート境界型の地震と活断層型地震と2つあります。
日本列島は、地球の表面を覆うプレートが十数枚ありますが、そのうちの4つが日本の処に集中しています。
海のプレートが、日本列島が乗っている2つのプレートよりも重くて、下にもぐりこみます。
陸のプレートはおされてきてエネルギーがたまります。
耐えきれなくなってバーンと地震を起こします、それが南海トラフとか東日本大震災の地震です。

もうひとつは、活断層から起きる地震で、日本列島はプレートがぶつかっていて押されて盛り上がっています。
細長い島の様な形になっていますが、押されて皺になったものです。
硬い岩盤で出来ているので無数の傷があります。
治っていなくて弱いままの傷の事を活断層と言います。
日本には大きいものだけで2000位あります。
活断層をグループ分けしているがそれが100余りあり、このグループが活動するとM7
以上の大きな地震となります。
活断層と呼ばれている以外にも沢山割れ目があります。
大阪北部地震は名前の付いていない割れ目が地震を起こしたわけです。

地震考古学は地震学と考古学との接点のような学問です。
考古学で見つかった遺跡発掘現場で地震の痕跡を研究するものです。
古文書などの記録からみた地震は明治から多く研究されてきました。
もう一つは考古学からの遺跡から地震の痕跡がみつかると時代が判ります。
学生時代から活断層を研究していましたが、1986年に滋賀県高島市今津町へ昔の地震の記録を見せてもらいに行きました。
そこの教育委員会の近くで遺跡の発掘調査をやっていました。
液状化現象の事を話したらそれが遺跡で見つかっているとの事でした。
そこは縄文時代から弥生時代の集団墓地でした。
土器から墓の年代が判ります。
古いお墓は引き裂かれていて新しいお墓は引き裂かれていなくて、3000年前と言う事が判り、地震の起きた年代が判った訳です。
京都府に電話すると京都市埋蔵文化材研究所に沢山出ていると言う事でした。
京都の八幡市に木津川河床遺跡に地面があちこち引き裂かれていて 下から砂があがって来ていて、とんでもない大きな地震だと言う事が判りました。
鎌倉から室町時代の地層が全部大きく引き裂かれていて、江戸時代の地層は平気で覆っていて豊臣秀吉の時代、1596年9月5日午前0時に起きた伏見地震という地震です。
その後色んなところに連絡すると色んな情報を得ました。

これは日本全国に展開できると言う事で1988年に地震考古学と言う名前を付けました。
地震考古学が誕生して全国の地震の痕跡をちゃんと調べてくれるようになりました。
阪神淡路大震災の直後に被災現場に行きました。
吃驚したのは被災された人達が「何で神戸で地震が起きたんだ」という事でした。
神戸は地震が無いところだと言っていて、聞いて仰天しました。
1596年に伏見地震が起きていますが、京都、大阪、淡路島まで凄く被害に遭いました。
阪神淡路大震災と同じことが約400年前に起きていたんです。
研究者は学会に論文を出しているだけではだめで、一般市民に研究内容を伝えないと役に立たないんだと痛感しました。

自分が住んでいる地域に過去どんな地震があったか、という事を知っておく必要があります。
伏見地震の10年前に中部地方で大きな地震がありました。
天正地震で3つの大きな活断層が連動したので凄く大きな地震になりました。
大津の坂本城に秀吉はいましたが、震度5ぐらいだったが、地震が怖くて大阪城に飛んで帰ったそうです。
秀吉は7年後に伏見城を作りましたが、朝鮮出兵をしていて九州に行ってましたが、地震対策(伏見の普請”なまず”が大事と書いている)が大事なことを手紙で伝えています。
(なまずと地震を結びつけた日本最古の文書と言われている)
1185年平家が壇ノ浦に滅亡するが、その直後に地震があったが、後漢書に平清盛が龍になって地震を起こしたと書いてあるが、それまでは龍だったがなまずに変わった。
秀吉が住んでいた近くの琵琶湖に日本最大のなまずの生息地だった。

伏見地震は有馬 高槻 断層帯と六甲 淡路島断層帯が連動した地震で、M8近い地震でしたが、その時に淡路島の多くの断層は動いたが、野島断層は動きませんでした。
動かなかった野島断層が400年後に活動して阪神淡路大震災を起こした訳です。
伏見地震の時に野島断層が動いていれば阪神淡路大震災は起きなかったわけです。
野島断想は2000年の間隔で規則的に活動する断層です。
有馬 高槻 断層帯のもうひとつ前の活動は2800年前縄文時代から弥生時代に移り変わる時代でした。
一番気をつけていなければいけないのは上町断層帯です。
9000年位活動した痕跡が無い、活動の間隔もよくわかっていない。
南海トラフの巨大地震の歴史を見てみると、90年から200年位の間隔で規則的に起きています。
最近の3回は、江戸時代1707年に起き、M8,7~9と言われた宝永地震、1854年12月23日に安政東海地震、その翌日に安政南海地震が起きM8,4前後と言われている。
新しいのが1940年の東南海地震(M7,9)と1946年の南海地震(M8,O)です。
この時はエネルギーの消費量が小さかったので、次は早く来るのではないかと言われています。 
21世紀中ごろには地震が来るのではないかと言われている訳です。

プレートが押し合って地震を起こしそうになると、押された日本列島内陸も地震活動が活発になる。
50年前ぐらいから内陸地震が多くなる傾向がある。
阪神淡路大震災から関西などでは地震が多くなってきている。
21世紀中ごろに南海トラフの大地震が起きてもおかしくない条件になってきている。

東北地方の沿岸はプレート境界にそこそこ大きな地震がいくつかありますが、東日本大震災のような大きな地震は、1000年単位で起きていることがわかっています。
869年(貞観11年)にそっくりな地震が起きています。
更に1000年前に巨大地震が起きていることがわかっています。
818年に関東で大きな地震があり、秋田、山形、新潟、長野、伊豆半島で50年間に内陸地震が多く起きていて、その後に東日本に大地震が起きています。
西日本ではちょっと遅れて827年位から地震活動が活発になって、兵庫県、島根県、熊本県などの内陸地震があって、その後887年に南海トラフ巨大地震が起きています。
現在では1964年に新潟地震があり、日本海中部地震、秋田、新潟、石川、長野などで内陸地震が沢山あって、2011年に東日本大震災がありました。(9世紀のパターンに似ている)
西日本でも同じパターンだとするともう少し内陸地震が続いて、南海トラフ大地震ということになります。
9世紀と現在はよく似ています。
869年(貞観11年)に東日本でプレート境界の地震があって、887年に南海トラフ巨大地震があって、中間に878年に関東で関東大地震と同じ大地震が起きています。

北海道の歴史を振り返ると、太平洋沿岸でプレート境界の地震が起きる。
M8クラスの地震が起きていますが、それ以外にもっと大きな地震が過去に起きています。
1611年にすごく大きな地震が起きていて、どうも400年単位で繰り返しているらしい。
北海道も内陸地震が沢山起きるかもしれない。
地震は間隔が長いので過去の地震の事を忘れてしまう。
南海トラフ大地震が来ると、津波が大阪にも来ます。
1854年の安政南海地震では、揺れ始めてから1時間40分から2時間で大きな津波が来ます。
安政の例から言うと、高さ2,3m、怖いのは津波が川を遡る。
道頓堀では多くの舟がありぶつかり合って沢山の人がおぼれて亡くなりました。
当時地震の揺れは舟が安全だと舟に乗ったんですが、津波で亡くなりました。
津波を避けるためには早く高い所に避難すると言うことです。
津波とか、地震などを物語にして小、中、高校でちゃんと教えることが災害の軽減になると思います。