2017年6月1日木曜日

笠原博司(染織家)        ・里山の手仕事をつなぐ

笠原博司(染織家)  ・里山の手仕事をつなぐ
57歳、故郷宮城県加美町小野田地区に染めと織りの工房を開いておよそ30年に成ります。
東北有数のコメどころ、宮城県加美町小野田地区はかつて養蚕が盛んで自家用に着物が織られていました。
笠原さんは使われなくなった幡織機を譲り受けたことがきっかけで、織りの世界に出会います。
そして信州松本で植物を使った染めと織りの本格的な技術を学びました。
笠原さんは自ら作品を作る傍ら後進の育成にも取り組んでいます。
染色を始め、木工、陶芸など古くから里山で行われてきた手仕事を発表する場を作って
東北の工芸界に新しい風を吹き込んでいます。

植物染料はデリケートで定着するまで不安定な時間があります。
藍染めで使うので灰汁を大量に保管しています。
たまねぎの皮、栗のイガなどもあり染めの材料に成ります。
薪を燃やした灰を回収して灰汁を使って、使い終わった灰は陶芸家に差しあげて居ます。
紫草の根をつかった染め、薬用に使われていてそれを利用して染めでも使えないかと試験染色しています。
紫草が絶滅危惧種に成っていて貴重なものです。
聖徳太子の時代に一番官位の高い人が紫を着られて、それを紫染料として取ったのが紫根といわれています。

振袖も手掛けて居て、薄い紫で構成されています。
織りは2割程度の作業で残りの8割は糸を作ったり染めたり柄をこさえたりするために糸を並べたり、下ごしらえが非常に大事で前段階に時間がかかります。
骨董好きで、古い織り機を手に入れてそれを動かしてみようと思ったのがきっかけです。
この辺全体が養蚕が盛んで町中で養蚕する家が多かったです。
この地区では一部自家消費するために自分の家で糸をつむいで、織ると云うこともしていました。
織り機を動かすために、あるおばあさん(高嶋なつゑさん)がいるから聞いてみたらと言われて、好奇心から始まりました。(23歳の頃)
この地区では生糸をそのまま白い糸で織る方法でした。
自分でデザインしたいという衝動に駆られて、山形県の学校に通って基礎を勉強して、植物で染めた色を見て、植物染料の魅力を探ってみたいと思ったときに、絹工房を探していました。
見つからず絹をおいといてまず藍染めとかすりを先に習得しておきたいと思いました。
その後紹介されて、信州松本の本郷大二さんのもとに弟子入りすることに成ります。

松本自体が凄くいい町でこういう環境で仕事が出来たらいいなと思いました。
工房を案内してもらったが、私がやりたいことを全部やっていました。
絹織物、信州紬、植物染料、糸のより、藍染めもやっていて、絶対ここで仕事をしたいと思いました。
反物にして湯のしという最期の仕上げまでやっていました。
柳宗悦さんの民芸運動を起こした方が足跡を残されていて、松本、倉敷、沖縄、益子、盛岡など、松本は松本民芸家具の池田三四郎、漆の丸山太郎さんとかが居てその中の一人に本郷大二さんがいた訳です。
色々な先生とも出会えて凄く密着度が高かったです。
息子さんの本郷孝文さんは白馬にセカンドハウス(大きな古民家)を持っていて、一緒にかやの修理、雪下ろしなどもやりました。
工芸に関わると云うことは生活にかかわると云うことですから、本郷孝文さんから色々学びました。

自分なりのものを作り上げて行くと云うことで現在に至っています。
着物と言うと伝統とか過去のものみたいなアプローチの方もいますが、最終的にはファッションで、今の生活の中で衣料としての着物をきちんと着れないといけないという考えがあるので、晴れの場で着ることが多いから、そういった環境のなかでもマッチするデザイン、色とかが必要だと思いますので、そういったものを目指しています。
伝統と言うことだけではなく今なんですよ、と言うことを押さえておかないといけないと思っています。
地域の中だけでなしえるかと言うと今は無理に成ってきて居て、伝える相手がどれだけ共感してくれるのかいうことも含めて言えば、もっともっとその広がりはあってしかるべきであると思うので、この里山の環境で行われていましたと言う事がマインドとして伝えるのも一つの方法だと思っています。

織物、染物を勉強したいと言う人が遠くから来てくれていて、この織物が広がってそこで文化の花が開いてくれればいいと思っています。
終了するまで180色ぐらいの染色資料を作って、織りは織りの色んな技術を学んで自分の作品を作ります。
着物に仕立てて着用して、みなさんに観ていただきたいと思って、動いているところを見ていただいて卒業式と言うことに成ります。
糸から染められて織られた無地の着物は非常に深みがあります。
家内が工芸ギャラリーをやっていて、若い人の発表の場があったほうがいいと思いますが、難しいのでそのためのギャラリーが必要です。
北杜工芸展を立ち上げて、「新風展」で若い人を集めて発表しています。
求める人がさまざまなのでそういうものに対応できる技術がないとできないので、そういったものを含めて工芸だと思います。
生活のなかに溶け込んで使われてなんぼ、でいて美しい、存在感があってみたいな、工芸ってそういう部分だと思います。