吉井久夫(暖房器具製造会社社長) ・みんなで“一歩前進”
吉井さんの経営する会社は新潟平野の水田地帯にあります。
吉井さんは地方都市にありながら石油ファンヒーターのトップ企業として、長年黒字経営を行っています。
また、社員や協力会社のひとを大事にし、地域とともに豊かにという経営方針で知られています。
吉井さんは芝浦工業大学で電気工学を学び父親と地元で電気店を営んでいましたが、石油ストーブの技術が急激に変化する時代、電気の知識、技術を買われ先代の社長にスカウトされて入社し、現在の石油ファンヒーターを作り上げました。
吉井さんは会社に関わって40年余りに成りますが、石油スト―ブという冬場にしか売れない商品を、年間を通して安定して製造販売する体制が出来たのは、社員や協力会社のお陰で次の世代にもこの経営を引き継ぎたいと言っています。
ふつう冬物は10月から12月が販売のピークですが、生産の方ははほぼ平準化して生産をやるようにしています。
必要な時に必要だけ作ると云うことになると3か月で対応しなくてはならず、今の4倍の人と4倍の設備が必要になります。
平準化すると働いている人にとっても安心しますし、協力会社さんも安定した生産が出来ます。
50%は内製で残りは協力会社さんにお願いしています。
社員は500名強いますが、協力工場さんも500名近くいます。
ストーブを始めて40年近くなりますが。20年弱前から何とかそういうふうにしようと、毎年努力しながらこういう状態に成りました。
働く人を大事にする会社ということで、2名は臨時でいますが、パート、季節社員などはいません。
小泉さんの改革の時に派遣がゆるくなったんですが、出荷担当で臨時に雇った時はありますが、臨時の人の半分を正社員にして派遣は中止にしました。
そして正社員を100%にするようにしました。
現場で生産している人も出荷が大変な冬場の時には、やりくりして手助けをするようにしました。(多能工化により平準化)
QC活動は活発にやっていると言われますが、QC活動は当たり前にやっています。
QC活動はコストダウンなどが評価されますが、当社では半分以上は難しい仕事、辛い仕事などを楽にすることも評価しています。
障害のある方も入ってきて、先生とかその後輩たちが雇用した人が長く雇用されていることを評価して、新たに雇用する様になりました。
ごく当たり前に入って仕事をしているので、あまり目立ちません。
営業担当は全国にいますが、工場を中心にして車で通える範囲の人が働いています。
地元が好きな人がたくさんいる訳で、郷土愛のためにここで生活できればという思いがあると思います。
海外生産をして利益を上げようと、新潟県内でも結構海外生産に出たところもありますが、石油ファンヒーターは日本の得意な商品なんです。
競争相手が外から来なかったということもあり、海外に出て行って生産する方がリスクが多かったと言う良い背景もありました。
自分の利益が儲かっても、ここで生活する人にはなんにも還元されないので、日本での雇用を成立させる方の価値が大きい様な気がしました。
100%海外展開した会社もありますが、雇用されていた人達は大変だろうと思って、ここの人たちと一緒に働くことが大事だと思いました。
会社創業者は佐々木文雄さんで彼にスカウトされました。
ストーブは電気の部分が50%ぐらいに成り、電気の専門家を探していて、手伝ってほしいといわれて、電気の担当を一気に引き受けました。(昭和48年)
53年前は加圧式の石油ストーブを作っていて最先端を行っていました。
芯上式はだれでも簡単に付けられるので、その新製品に駆逐されて倒産することに成ります。(社長が42歳の時)
18人で再開し、電気を使って新しい石油ストーブを開発しました。
電気を使うことで安全な石油ストーブを作ることに成功しました。
最初電気での故障が多くて、その商品が出来て2年目ぐらいの時に入ってきて、故障しないようにして急激に伸びていきました。
先代社長は倒産の危機を経験して胃潰瘍に成り、大手術をしました。
200人ぐらいの人は失業するし、倒産は絶対あってはいけないと思いました。
その後悪い時期もありましたが、先代の社長は解雇しないと云うことにしました。
倒産すると云うことは、従業員を路頭に迷わすということは、罪というか悪さは凄く感じます。
うちの会社は独自の商品でお客様に提供しようと云う事があります。
効果、効用のないものを売ってはいけないと思っています。
マイナスイオンがはやったことがありますが、本当に効果があるかどうかは証明されていないので、それはまやかしではないかと思ってそういったことで売ってはいけないと思います。
使用者に何時までも愛される良い商品を提供する。
社是で良い商品を作ることを唱和しています。
意見は自由に言えるような雰囲気になっています。
自由に言えるとか、こうなって貰いたいとか、こっち側からそういった雰囲気、環境を作ることが大事だと思います。
発揮する能力は意欲で差が出て来ると思います。
そして結果が悪いのは社長で成果は社員だと思います。
上場するときにマイカンパニー、アウアカンパニーからユアカンパニーに替わるんだと言われたが、我々の会社じゃないかと思ったが、或る時に在庫が多くなったときにうちは内部留保があったので生産をそれ程しなくても会社として問題無かったが、協力工場が50%になったらやっていけないと思って、アウアカンパニーではなくてユアカンパニーーだと言うことを実感じました。