川島幸希(蒐集家・近代文学研究者) ・「初版本の楽しみ」
1960年(昭和35年)東京都生まれ、森鴎外や夏目漱石の文豪たちの初版本や、自筆原稿などを収集してきました。 初版本には作家が本かけた思いが伝わり、時代を越えて文豪の思いを直に感じられるそうです。
小学校の低学年のころから本好きででした。 私の勉強部屋が元祖父の書斎だった部屋です。 本がたくさんあり自然に本が好きになる環境にあったと思います。 文学全集が海外と日本と両方あって、それを片っ端から読みました。 名作をどんどん読んでいきました。 夏目漱石の本を小学校3年生の時に読んだんですが、その時の印象が深く残っていて、なんて暗い小説なんだろうと言う事と、先生が自殺するわけですが、妻は自殺した理由が判るかなという風に、子供ながらに思いました。
ある作品が初めて本になったといのが初版本です。 芥川龍之介の「羅生門」が大正4年に帝国文学という雑誌に掲載されましたが、初めて本になったのは大正6年にオランダ書房という本屋から出ました。 祖父の書斎の初版本がいくつかありました。 オリジナルな形で本を読んでみたいと思い、それれがきっかけになりました。 スタートは高校1年生でした。 初めて行った時の夏目漱石の「文学論」という初版本がありました。 主要な作家の初版本はほとんどすべて持っています。 作家が作品に込めた思いを共有できる、という事と、初版本は時代の雰囲気を醸し出している。 本にこだわる作家と頓着しない作家がいますが、こだわった作家の本の方が面白いです。
萩原朔太郎の「月に吠える」は大正6年に初版本が発表されて、萩原朔太郎は凝り性の作家で本つくりにも自分の情熱を注ぎこんだ方です。 詩画集と言って詩と二人の画家の絵が入っています。 絵が朔太郎の詩とぴったり合って、素晴らしい本が出来ています。 近代の詩集の中では人気NO1だと思います。 初版本は500冊です。 詩集を刊行する際に国家から検閲があって、政治思想的な問題、性的な問題があるものには発売禁止の処分がある。 この本では二つの詩が性的な問題があるという事で、これを削除したら出していいという条件になりました。 削除されない本がごくわずか残っていて、10冊です。 7冊持っていましたが、朔太郎の文学館に寄付をしたので、今6冊になります。 朔太郎の思いがあるので、無削除と削除には大きな差があります。
親しい古本屋がいますので、そういった人からいろいろな情報を得ます。 最近はネットオークションに出てくるものも増えました。 作家のサインが入った本、作家が書いた自筆の原稿などの収集もしています。 作家が直接手に触れただけでもワクワクします。 夏目漱石に関してはサイン本は日本で一番持っています。 自筆の原稿,、書簡ももっています。 直しがあるのでその作品の生成過程を知ることができます。 芥川龍之介はぎりぎりまで推敲を重ねてゆき完全なる作品を目指した。 書き損じの原稿も集めています。 作品になっていないものもあります。 芥川龍之介には伯母さんが取っておいたので膨大な反故原稿があります。 芥川龍之介は若いころは非常に勢いのある字で、最晩年の自殺した年の原稿も残っていますが、本当に弱弱しい字で、健康状態、精神的な状態が、字を見ただけでわかります。
夏目漱石の代表作のほとんどが新聞連載だったので、原稿は朝日新聞に行くわけです。 「明暗」だけは弟子が欲しいということで返してもらっているが、原稿はいろんなところが持っている。 泉鏡花は原稿を戻すようにさせていたが、レアケースです。 「吾輩は猫である」の原稿は一部残っているが、一番最初の第一回の原稿です。 高浜虚子に言われて書き始めて、虚子の直しがかなりあったと伝えられている。 これをぜひ見てみたい。 出てこないかもしれませんが。
コレクションの終活を考えています。 問題はいつ死ぬのか判らないので、難しい。 時代が変わってパソコンで作った方が便利なので、明治、大正、昭和は奇跡的な時代だったと後世からいわれるかもしれません。 作家の息つかい、生成過程、感動とかがもう原稿からは判らないわけです。 作家の原稿が商品として成り立たなくなります。
最初の関心のスタートが何であれ、関心を持ってもらう事が大事なので、近代文学も親しんでもらえればと思います。 私は同時並行で、2,3冊から多い時には5冊以上読みます。 年配の人にはぜひ、若いころに読んだような本をもう一回読み直してほしいと思います。 目からうろこになる部分もあると思います。 若い人たちに伝えたいのは若いうちに一回読んで欲しいと思います。 長編小説は若いころでないとしんどいです。