今森光彦(写真家・切り絵作家) ・【オーレリアンの丘から四季便り】冬
今回が最終回です。 正月早々にオーレリアンの丘に行ってきました。 春をイメージします。 この木はこういう芽吹きをするだろうなあとか、イメージします。 比良山は白く大きく見え存在感があります。 12月の下旬からいろいろ作業がありますが、基本的に枝打ちと剪定なんです。 竹林も部分的に残したのでそこの竹も20,30人集まって刈ります。 去年菜の花を植えたところに大麦を撒きました。 田んぼを休ませるのに撒きます。 農家でも最近大麦を撒いていて、地ビールにします。
26歳で写真家としてフリーランスになって世界に飛び出しています。 生き物が大好きだったので生き物が沢山いる環境は熱帯雨林だという風に言われていて、インドネシアに生きました。 最初の年は熱帯雨林を見ずに帰ってきました。 遠くて到達できないんです。 連れて行ってもくれないです。 その間3か月ぐらいずーっと田んぼを見ていました。 棚田に感動しました。 この仰木地区にも棚田があるのを見て感動しました。(20歳) バリ島のほかにスラウェシ島にも行きましたが、そこも田んぼが凄く多いです。 山があって、棚田があって海があるという景観が頭に焼き付いて帰って来ました。 地元の比良山と棚田、琵琶湖があり、その組み合わせに感動しました。
里山という言葉も世の中に広めていきました。 インドネシアが好きになって50回以上言っています。 「神様の階段」という写真絵本を出しました。 出版が2010年。 儀式もされていて、信仰も残っていて、農業も近代化されていなくて古い形のバリ島が残っていまいた。 牛で耕していました。
*「神様の階段」の一部を朗読
人々の精神力の強さに驚かされます。 自然への畏敬の念というか、そういう経緯がそうさせていることは間違いないです。 日本では収穫をあげるためにいろいろやってきましたが、田んぼはお米を獲るだけではなくて、ほかの副産物もいっぱいあるわけですから、そういうところにも目を向けて行かなければいけないという、そういう時代が来るのかもしれないです。 そうしないと風景は守られない。 バリ島での棚田の労働は信仰に近いものがあります。 収穫だけではなく、神様が本当に来ているようにふるまいます。 白い星の形をした花がありますが、指でつまんで、つまみながら拝むんです。 そんな仕草をさりげなくします。 きめの細かい精神がああいった棚田の雄大な風景を作っているんだなというのは判ります。
小さな昆虫の命と自分の目線が一緒だというか、価値観が一緒だという事ですね。 全ての生き物がいるから人間も生きているという、仲間意識というか、そういうものを持ちたいと思って撮影しています。 それが里山の考え方の一番大事なところかもしれません。 自分が自然の中に入って一緒に暮らしているということが楽しいです。 科学的な目(外からの客観的な目)と芸術的な目(中に入って一緒に生きている目)、両方を持ちたいですね。 写真は外からの目ですね。 農家になりたかったのは中からの視点を持ちたかったからです。 60歳になってから決断して7年が経ちます。 30年近くそんな想いで来たんで、農家になってみると、農家の人って自然てこんなふうに見えていたのかと思います。 抱擁されている自然です。 農家になると蛙も友達になります、「おうお前生きていたか」、とか。
夏には全国の親子たちと昆虫教室も開いていますが、大学生にも授業をしています。 芸術系の大学で、最初は写真をお願いされました。 自然を知らずに芸術を学ぼうとしている人が多い。 芸術の根幹は自然のことを理解していないと駄目ですね。 フィールドワークを主体とする科目を作って、1年間何回かやっています。 農家の視点を垣間見る行為です。 今後農業のあり方は変わってくると思います。 今の農業の問題は人間がいっぱいいるので生産性をあげないといけない。 一方、生物多様性の価値がどんどん見直されている。 絶滅危惧種のかなりの数が田んぼとか雑木林に住んでいるという事が判って来た。 それをどうやって守るのかと生産性は相反することです。 気候変動とかあったりするので、獲れる年と獲れない年が顕著です。 お米も建物の中の安定した環境の中でするとか、機械化が進んでロボットがするとか、環境重視をするところとかに二極化するのではないかと思います。
環境活動、イベント、観察会、散策会などもあり、ホームページを見て参画してもらいたいと思っています。 自分の住んでいるところに里山環境を見つけて是非行って欲しいです。 開墾して環境がよくなって来ると、どんどん新しい種類が見つかって来るので、詳しく観察していきたいのと、仰木集落は古い集落なので歴史などにも触れて行きたいと思っています。