市川右團次(歌舞伎俳優) ・【にっぽんの音】
今、新作歌舞伎「プペル~天明の護美人間」という演目に出演しています。 原作・脚本を西野亮廣さんが担当。 市川海老蔵さんの主演で娘、息子さんと出ています。 私はおじいちゃん役の「玄」という役です。 元旦は諸先輩の家に伺ってご挨拶することが通例になっていて 15,6か所回りますが、コロナという事で休みました。 3部制になっていて1部の人が出ないと2部の人は入れません。 次も同様です。
1963年大阪府出身、父は 日本舞踊飛鳥流家元の飛鳥峯王。 1972年6月、8歳の時に京都南座での「天一坊」一子忠右衛門で初舞台。 1975年に上京して三代目市川猿之助に弟子入りし市川右近を名乗る。(11歳) 住み込みになりました。
その後、大阪に帰って踊りの師匠をやるのか、歌舞伎をそのまま続けてゆくのか、それとも二足のわらじを履くのか、これからどうなるんだろうと、不安な3年間でした。 父が一生お預けする気持ちですと言って、では一生お預かりしましょうという事になりました。 高校になると大人の役をやらせてもらうようになりました。 市川猿之助師匠の元で朝の4時までとか8時まで稽古をして11時からの初日を迎えるというようなこともしていました。 2017年1月3日、新橋演舞場での『壽新春大歌舞伎』初日を以て正式に三代目市川右團次を襲名、長男が市川右近を襲名。 2008年に市川海老蔵さんが楽屋にふらっと入ってきて、外連( 歌舞伎や人形浄瑠璃で、見た目本位の奇抜さをねらった演出。また、その演目。早替わり・宙乗り・仕掛け物など。)のパイオニアみたいな人の名前はどうかと言ってくださいました。 そして市川右團次をお勧めいただいたのが最初なんです。 それから9年後に襲名しました。 右團次襲名と共に屋号を高嶋屋と改めました。 海老蔵さんが自分の息子が団十郎になった時には右團次がいるだろうと、うちの息子に右團次になってほしいという事で、市川宗家としての海老蔵さんのビジョンが違いますね。 凄い方だと思いました。
演目『雙生隅田川(ふたごすみだがわ)』では猿之助さんと私と倅の宙返りもありましたし、倅の早変わりもありました。 最後に「鯉掴み」と言いまして、掛け軸の中から鯉が逃げてしまったのを奴の軍介が目を貫いて、再び掛け軸に戻すという「鯉掴み」とい場面がありますが、この「鯉掴み」を初代右團次さんが大変得意としていました。 その芝居には外連味がたっぷりありました。 その演目で襲名させていただきました。 年齢もいってきて、海老蔵さんとご一緒する舞台も増えて市川宗家というものも、もっと勉強しないといけないという事もあり、外連との狭間にいるような感じです。
日本の音とは、いろいろ考えたんですが、鶯の声、風鈴の音、除夜の鐘だったり、いろいろあると思いますが、日本の言葉の中にも音があると思います。 そよそよとか、とうとうと流れる。 さらさら流れる、しんしんと冷え込む、とか、あります。 歌舞伎では自然現象を太鼓一つで表しています。 雨垂れ、川の流れ、海の波音、滝の音、雪の降る音など。 お化けの出る音。 僕なりの日本の音です。
大藏基誠:今息子が13歳でどう接していいかわからないことも最近結構あります。 僕の敵がスマホで、スマホの中の視野が広くて、狂言と言う道をどう伝えて行ったらいいのか、スマホが目の敵になっています。 自分が本気で楽しんでいる舞台を見せてやろうかと思っていて、今取り組んでいます。 俺の背中を見ろ、というだけではなく話し合いの場を作るようにはなりました。 昔とは違って師弟関係もちょっと違うのかなという気がします。 お稽古事での厳しいことは大丈夫です。
市川右團次:好きでいてくれていることが、親にとっては何よりの幸せなのかなあと思います。 18歳でヨーロッパ公演に行って、「俊寛」というお芝居で、シーンと聞いていて判らないだろうなあと思っていて、最後に嵐のような拍手をいただいた時に、歌舞伎は凄いと思って、その後は緊張で裸で立たされているような思いをしました。 スーパー歌舞伎は1986年にできました。 梅原猛先生との構想が5年以上あって、いろんなものを駆使して歌舞伎と認められました。
大藏基誠:スーパー歌舞伎を聞いて、スーパー狂言をやろうとしたら、結果はスーパー歌舞伎になるんですね 歌舞伎のような演出になってしまう。
市川右團次:シェークスピアの「マクベス」を能楽堂でやらせてもらった時に、判りにくいだろうなあと思ってお客さんに聞いたら、凄くよく判ったというんです。 見ている方の頭に中って無限の宇宙が広がっていて、その方がご覧になっている宇宙があると思うんです。 そぎ落としてそぎ落とした先にお客様の心理や頭の中に呼びかけて、それを膨らましてゆくという素晴らしさがあって、歌舞伎にせよスーパー歌舞伎にせよ、功を奏するのかそうじゃあないのか、これから先難しいところなのかなと思います。
大藏基誠:能楽と歌舞伎は似て非なる物で、能楽はそぎ落としてゆく引き算の芸能だと思います。 歌舞伎はいろんなものを足して、足し算の演劇だと思います。 この二つが存在する日本の長い歴史のなかで生まれて来た文化って、凄くおもしろいなあと思います。
市川右團次:歌舞伎にも一つの枠があると思っていて、師匠三代目市川猿之助が作ったスーパー歌舞伎は9作品有りますが、絶対に枠を超えていないんです。 ぎりぎりまで行くが超えないんです、それが凄いと思います。 淡々と役者として喜んでいただける人間に成長できればなあと思います。