2019年4月15日月曜日

穂村弘(歌人)              ・【ほむほむのふむふむ】

穂村弘(歌人)              ・【ほむほむのふむふむ】(新コーナー)
穂村さんは現代短歌会を代表する歌人、エッセイスト、絵本作家として多方面で活躍。
短歌の魅力を探っていきます。

万葉集、百人一種など古典和歌を知っている人はいるかもしれないが、現代の短歌は話し言葉で耳で聞いてすぐわかる面白さがあるので、そういう魅力を知っていただきたいと思いました。
私は昔からあだ名は無かった。
大人になっていたが、同情して周りから「ほむほむ」というあだ名はどうかということになりました。
西加奈子さんは同じ誕生日仲間のケーキに「みっくん、ちゃーちゃーん、にしさん おめでとう」と書いてあってやっぱりさびしい思いをしたそうです。

穂村さんは1962年北海道札幌市生まれ現在56歳。
愛知県の高校から北海道大学に進学し1年で中退、1983年、上智大学文学部英文学科に入学。
卒業後、システムエンジニアとしてコンピューター会社に就職、42歳の時に総務課長を最後に退職、以後歌人、評論家、作詞家、絵本作家、翻訳家として幅広く活躍。
2005年に結婚。
1990年第一歌集「シンジケート」、1992年第二歌集「ドライ ドライ アイス」
2001年第三歌集「手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)」
2018年第四歌集「水中翼船炎上中」刊行、第23回若山牧水賞を受賞。

北海道大学の頃同級生とルームシェアーしていて、友達が塚本邦雄さんの歌人の本を読んでいてそれが、短歌を意識した最初でした。
文語体で自分でできるという感じではなかった。
クラブ活動はワンダーホーゲル部でしたが、全然思っているのと違っていた。(ピクニック程度と思っていたが、そこはヒマラヤに行ったりしていた。)
環境が変わったら可能性が開けるのではないかと思って中退しました。
1983年、上智大学文学部英文学科に入学、女性が多く華やかだった。
華やさに付いていけず、ジムに通ってベンチプレスなどをやりました。
周りとずれがあり自分がどんどん暗い居場所に行って、図書館で短歌研究という雑誌を手にして、口語短歌との出会いがそこでありました。
林あまりさんの作品でした。
「きょう言った「どうせ」の回数あげつらう男を殴り 春めいている」 林あまり
この主人公は「どうせ」なになにだからという口ぐせがある。
うざいと言う思いで男を殴り、周りは春めいている。
こんな春の歌い方があったんだと思いました。
これが短歌なんだとショックを受けました。

「なにもかも派手な祭りの夜のゆめ火でも見てなよ さよなら、あんた」 林あまり
捨て台詞みたいな別れの歌だが、演劇的な感じがする。
火でも見てなよ」と言うところにひきつけられる。
林あまりさんが20歳そこそこで詠んだ歌です。
「さくらさくらいつまで待っても来ぬ人と死んだ人とは 同じささくら」  林あまり
いつまでまっても来ぬ人は死んじゃった人と同じだと自分に言い聞かせている。
潔さの桜とリンクして詠っている。
林さんは後に作詩をするが、坂本冬美が歌った 【夜桜お七】です 。

私も詩を曲に載せるようにアレンジしたことはあります。

メモを買って短歌をつくりだし書きこみました。
それを1年後の角川短歌賞に応募したら、次席になりました。
その時に受賞したのは俵万智さんでした。(林あまりさん、俵万智さんも私も同学年です。)
林あまりさんは高校時代から短歌を詠む。
俵万智さんは早稲田大学在学中に佐佐木幸綱(祖父は文化勲章受章者の佐佐木信綱)に師事。

俵万智
「思い出の一つのようでそのままにしておく麦わら帽子のへこみ」
生の手触りをもった思い出が何処にあるのだろうと思った時に、もしかしたら麦わら帽子のへこみかもしれない、へこみを直すとその思い出が消えてしまうような気がして、大事にしてある、そんなイメージです。
写真だとその時の風、日差し、音とかが、写真の鮮明さによって打消される、と言う事があるのでは。
「また電話しろよと言って受話器置く君に今すぐ電話をしたい」
時代を感じます、携帯電話の時代ではこんな感じではない。
また電話しろよ」と言う感じは古風な人間関係。
「寄せ返す波のしぐさの優しさにいつ言われてもいいさようなら」
受身の感じ。
寄せ返す波のしぐさの優しさに」は二人の関係性の比喩にもなっていて揺らいでいる。
「さ」行が入っていてさらさらと波の感じで、また最期に「さ」が入ってくる、音の響き、リズムが重要になってくる。

改めて詠んでみて生々しく思い出され、時間が歌の中に閉じ込められているような不思議な感じがします。