2021年3月26日金曜日

市之瀬洋一(音楽ディレクター)     ・さつまの教えがディレクターの原点

市之瀬洋一(音楽ディレクター)     ・さつまの教えがディレクターの原点

ディズニー映画の吹き替え版の音楽監督を務める市之瀬さんは、俳優、声優、歌手と共に作品を作り上げるうえで大切にしている信念があります。  それが薩摩藩伝統の武士師弟の教え、郷中教育の教えです。  郷に入りては郷、上中下の中、の郷中教育の教えです。   西郷隆盛や大久保利通など薩摩藩に優れた人物が出したのも、この郷中教育にあると言われています。  市之瀬さんはその薩摩の教えを自分の業務に生かしていると話しています。

昭和28年(1953年)鹿児島県南九州市(旧・川辺郡川辺町)生まれ、鹿児島県立甲南高校に進学しました。   そこで衝撃的な音楽との出会いがあり、東京藝術大学音楽部声楽科に入学しました。  オペラ歌手を目指して研鑽しましたが、30代後半で断念、40歳で音楽制作の会社を立ち上げ現在に至っています。  

映画会社では日本語吹き替え版を製作しています。   替え版の中で歌われる音楽監督、音楽ディレクターを務めています。   ディズニー映画で最初に演出したのは 、1999年のターザンでした。  その後主なものではピーターパン、ブラザーベア、チキンリトル、リトルマーメイド・・・、近年ではマルフィセント、ジャングル・ブック、・・・ライオンキングなどがあります。

母校甲南高校で講演したものに3つのテーマがありました。  その一つが「さつまの教え」というものでした。  日本で世界で活躍するための最も求められるのが人間性、人格であり、人格を身に付けるためには「さつまの教え」が役に立つという趣旨の話をします。  

薩摩では郷中教育と呼ばれる薩摩独特の教育が行われていました。  青少年を年齢別に4つの世代にわけ、上のものが下の者に教える教育制度です。  武士としての心構え、四書、五経といった学習書、島津日新公いろはうたほか、軍事書として三国志、太閤記ほか、輪読書として曽我物語、赤穂義士伝、示現流をはじめとする武道、馬術なども教えられました。  郷中教育で最初に教わるのが、掟と呼ばれるもので、どんな場合でも刀は抜くな、抜いたらただでは鞘に納めるな、無刀なしで外出するな、・・・。

負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめをするなという3つの掟です。  

「島津日新公いろはうた」の 

「いにしえの道を聞きても唱えても 我が行いにせずばかいなし」           (昔の賢者の立派な教えや学問も口に唱えるだけで、実行しなければ役に立たない。実践実行がもっとも大事である。)

「心こそ軍する身の命なれ そろゆれば生きそろわねば死ぬ」                 (戦いにおける教訓。衆心一致すれば勝ち、一致しなければ敗れる。)

西郷南洲遺訓」の

「道は天地自然の物にして、人は之れを行ふものなれば、天を敬するを目的とす。天は人も我も同一に愛し給ふゆゑ、我を愛する心を以て人を愛する也。」

「人を相手にせず、天を相手にせよ。天を相手にして、己れを尽て人を咎めず、我が誠の足らざるを尋ぬ可し。」

を朗誦して行事や会議を行っています。

2つ目のテーマは名刺を頂いたら宝くじを頂いたと思え、それを当たりにするも外れにするも自分次第、というタイトルで、私がこれまでいろいろな人に助けられたエピソードを交えながら、人を、人との交わりを大切にすることの重要性を話しました。

3つ目が運、つき、流れを大切にという事で、そのためには来るべき時のために準備をすることが大切だという話をしました。

会社では不正が発覚し、その事務所をとびだし、自分の会社を設立しました。 「負けるな、嘘をつくな、弱い者いじめをするな」という掟の思いからでした。  何とか生活していましたが、或る会社から大きな仕事を任されました。 

「島津日新公いろはうた」の 「道にただ身をば捨てんと思いとれ かならず天のたすけあるべし」  (正しい道であれば一身を捨てて突き進め、そうすればかならず天の助けがあるはずである。)  まさにそれが起こって、それからは順風満帆でした。

或る有名なレコード会社から「音楽ディレクターをやらないか」という話がありました。  レッスン番組の講師をやってほしいとの話もありました。  断らないでやってきたので大変な時期でした。   その後ディズニーの仕事に挑戦することになりました。  次第に劇場物の映画も任されるようになり、現在に至る訳です。  

ディズニーの制作について話をしたいと思います。  制作過程を大きく、オーディション、翻訳、仮歌作成、本収録、トラックダウン、5つにわけます。

オーディションは日本を代表する歌手、俳優からお笑いタレント、ミュージシャンなど様々です。一人1時間で行います。  上手さではなく、求められる要素は役によってさまざまです。  

翻訳はプロの方が行いますが、時には作詞家をたててブラシアップします。 しかしさらに細かい注文がディズニーからくることもありますので、総力戦で行います。

子供の眼を意識しているので、教育の問題がある表現、過激すぎる表現、下品な表現などは極力さけなければなりません。  歌詞を譜面に書き入れて次が仮歌作成です。

本収録で歌っていただく歌手や、役者の方のお手本となる歌を収録する作業です。 非常に大切な作業です。 映像とのタイミングとか合わないという問題などがあります。  スタジオシンガーが時間をかけて合わせ込んでいきます。  

本収録では、歌い手とディレクターとのやり取りがあります。 ディレクターは歌いやすい環境作りを行います。 異和感が無いように注意深く行います。  

トラックダウンは音楽のお化粧のようなものです。  ちょっとした音程のズレ、タイミング、言葉を聞き取りやすくしたりする作業です。  パソコン上でほとんど修正は可能になってきていますが、感情表現などは人間でないと駄目なところです。

出来上がったものの評価が悪いという事はディレクターの問題だと思っています。

「日本人とユダヤ人」の本のなかで人間には頼るべきバイブルのようなものが必要ですが、日本人は日本人独特の道徳感がその代わりをしていて、それを称して日本教みたいであるという風に記憶していますが、その日本教的な道徳観念が薄れてきているように懸念しています。  学ぶツールが私の場合は、郷土の先輩たちが学んできた「島津日新公いろはうた」を代表とする薩摩の教えであり、「西郷南洲遺訓」です。  他の地方にもいろいろ教えがあると思います。   福島県会津藩の「十の掟」、長州藩吉田松陰の教え、上杉鷹山の生き方、藤田東湖の「水戸学」、橋本左内の「啓発録」、佐賀藩の「葉隠れ」などあります。