山内一也(ウイルス学者) ・ウイルスは人生のパートナー
山内さんは1931年神奈川県生まれ、半世紀以上にわたってウイルス研究と感染症対策に取り組んできた日本を代表するウイルス学者です。 天然痘と高い致死率を占める牛の感染症牛疫の根絶に貢献されました。 牛疫根絶計画では国連機関の顧問も務めました。 研究の現場を離れてもウイルスへの関心は少しも衰えず数多くの著作を発表しています。 今月には新型コロナウイルスをはじめ、繰り返し現れるウイルスと人間社会の関係を俯瞰した著書「ウイルスの世紀」を出版しました。
人間社会にはまだこのウイルスに対する免疫がないわけですから、ウイルスは簡単に広がる。 ウイルスにとっては人間は単なる動物なんですね。 人間は大変な数でウイルスにとっては好都合な環境です。 コロナウイルスはRNAウイルスの一つですが、ウイルスにはDNAウイルスとRNAウイルスとあります。 DNAは二本の鎖の中に設計図が入っている、RNAは一本なんです。 変異が来たらコピーするときにミスが起きたらそのままミスは子孫に伝わってしまう。
コロナウイルスは一番大きな遺伝情報を持っている。 インフルエンザでは1万5000字に対して、コロナウイルスは3万字で情報が多いという事はいろいろ複雑な機能を持っているので、うまく生き延びようとする非常に製造戦略に長けたウイルスという事になります。
DNAはA,T,G,U、でRNAはA,U,G,Cの羅列になります。
変異はどんどんしていますが、偶然に起きます。 それが症状の重さにつながっているかどうかの判断はできない。 大きな変化にはなっていないと思います。
コロナウイルスは歴史が古く1930年代に鶏で見つかり、豚、牛、ペットなどにいて、サーズは2003年に出てからコウモリのコロナウイルスに注目が集まって、中国ではコロナウイルスの探索がかなり精力的に行われて、いくつかのウイルスもとれています。 そういった結果から新しいコロナウイルスが出てくる危険性があると、そして中国では野生動物を食べる習慣があるという事から中国では新しいコロナウイルスが出現するホットスポットがあるという警告がいくつか出てきていました。 学術論文に出ても社会、政治には伝わっていなかった。
最終的にはワクチンしかないですが、もう一方で治療薬が大事です。
コロナウイルスの増殖する仕組みはかなり詳しくわかっていて、どこの段階で阻止するかといような薬を調べ上げて、候補が出てきて患者に使ってみているわけです。
ワクチンはもともとは動物から作られていたのが1950年代から、細胞培養で作られるようになって、1970年代から組み換えDNA技術、21世紀になってから急速に遺伝子解析の技術が進んでワクチン開発の技術もものすごく急速に進んでいます。 新しいタイプのワクチンがいくつも出来てきていますが、副作用の仕組みだとかに関する理解はまだ深まっていない。 副作用は使ってみないとわからないという難しい問題を抱えている。 順次動物実験、人体実験などを経て進めてはいますが。
細菌はほとんどが二つに分裂していって、自分の細胞の中にタンパク合成とか培養器さえあれば外界で増えていきますが、ウイルスは生物に寄生しなければ増えない、自前では増えることはできない。
ウイルスが生きていないか生きているか、と言えば私は生きているといえると考えていますが、30,40年前に提唱された生物の定義に当てはめると、ウイルスは生物に入らない。
1931年生まれで、小学校、中学校と戦争の中で過ごしてきました。 軍人になるぐらいしか選択肢が考えられない時代で、特に何になりたいという気持ちはなかったです。 終戦の日は陸軍幼年学校の面接試験の直前でした。
東京大学の生物系に漠然と入って、医学部に入る人が多かったが人類学をやろうと思ったが、結核になり休学して本を読んだりしているうちに獣医畜産学科に進学することにしました。 獣医微生物学、細菌学教室に入ってきました。
北里研究所に入って、天然痘ワクチンの製造と改良研究に従事しました。
牛のお腹に種痘をして出来た種痘を掻きとってそこからワクチンを作るという事です。
当時天然痘が起こっていた地域がアジア、中近東、アフリカで、人改良した熱に強いワクチンはネパールで使いました。 ウイルスは一般に熱に弱いので、いろんな物質を加えて、凍結乾燥して、粉末にしてワクチンとしました。 1980年に天然痘は根絶しました。
フルブライト留学生としてカリフォルニア大学に行って、豚のポリオウイルスを研究して、細胞での実験をするようになりました。 3年ぐらいやって帰ってきました。
国立感染症研究所に入り、発病のメカニズムの研究などをやっていました。
東京大学理化学研究所に行き、麻疹ウイルスと麻疹ウイルスの祖先になっている牛疫ウイルスの研究をやっていました。 遺伝子工学が開発され進み始めたときでした。
牛疫根絶計画が進んでいて、地域がアジア、中近東、アフリカで、天然痘と同じ地域で、天然痘ワクチンを利用することを思いついて、天然痘ワクチンに牛疫ウイルスのワクチンとして働く遺伝子を組み込んだワクチンを作って、野外試験直前まで行きましたが、いろいろ理由がありそこで終わってしまいましたが、学術顧問、アドバイザーとして参加してきました。
人類が根絶できたウイルスは天然痘と牛疫だけですが、その両方にかかわってきました。
ウイルスは好奇心の尽きることがない、ウイルスはそういう意味でのパートナーと言えます。
善玉ウイルスもあります、胎児は両親両方の遺伝子を受け継ぐわけですが、母親にとっては父親の遺伝形質は異物で本当は拒絶するわけですが、拒絶しないように胎盤には膜があって拒絶するリンパ球は入れないで栄養だけを通す膜がありますが、膜を作るのにウイルスが役立っているという事もあります。
腸内細菌のほうに影響を及ぼすことで間接的に健康のバランスを保ってくれている。
海にも30桁の数字になるようなウイルスがいて、気候変動、炭酸ガスの循環にまでかかわっていて、ウイルスの役割はものすごく大きくて、病気は氷山の一角にすぎないと考えたほうがいいです。
野生動物だけで30何万もの未知のウイルスがいるという推測もあります。
地球上で最も数が多くて最も多様性に富んだ生き物はウイルスだと言っていいと思います。
人のゲノムの中にウイルスとウイルスの祖先両方合わせると4割ぐらい占めていて、我々自身がウイルスを抱えている。
水疱瘡のウイルスは神経細胞の中に一生います。 歳を取ると飛び出して帯状疱疹を作る。
新型コロナウイルスでは我々は基礎医学の立場で見ているがそれは木で、公衆衛生対策は森で、森をみている人たちがどういうことをやっていて社会の健康を守ってくれているのか、非常に興味深く見ています。
新しいウイルスは文明の産物なので、社会学の問題となってきてしまって、ウイルスの観点から言えば人、家畜、野生動物のそれぞれの健康は繋がっていて、ワンヘルスという視点で取り組まなければいけない。
新しい感染症の監視、予測、防止、起きたときには確認して制圧する、制御するという事をいろんな分野の人たちが協力して取り組んでいくべきだと考えています。