美輪明宏(歌手) ・平和への思いを歌に込め(2)
美輪さんが見た戦時中の親子の愛、無償の愛を歌った「愛の賛歌」に込められた想いなどを伺います。
原爆の後で死体を掘り起こすが、焼けただれた親子の死体が出てきて、自分は焼けただれても子供だけは助けたいと、必ず覆いかぶさってお腹の下にしっかり子供を抱き込んで亡くなっている。
親子というものはやっぱりこうでありたいと思います。
炭みたいにまっ黒けでした、それを見ました。
うちに勤めていたボーイさんが出征して、駅に行ってホステスさんらとともに「万歳、万歳」と言って汽車を送り出しゆっくりと動き出して行きました。
さんちゃんはタラップに立っていました。
出発し始めた時に、さんちゃんのお母さんが人々を押しのけて、タラップに立っているさんちゃんの足元にしがみついて「死ぬなよ どげんしても死ぬなよ、生きて帰ってこい」と言ったんです。
軍属みたいな人が立っていて、「貴様」といってお婆さんの襟首を掴んで放り投げたんです。
鉄柱が有り鉄柱に頭をぶつけて、即死しなかっただけ不思議でした。
さんちゃんが最後に見たのは、母親が憲兵に突き飛ばされて、血だらけの顔を見ながら出征して行ったわけです。
さんちゃんの顔はすさまじい顔でした。
二度と徴兵制度なんかしてはだめですよ。
愛の中でも色んな種類の愛が有ると思う。
恋愛、恋が先で愛が後、愛恋とは言わない。
恋の段階では待ち合わせをした時に遅れたりすると、待たされた自分の方のプライドや怒りの方が大事で、相手のことは考えていない。
愛迄行くと、自分が待たされているという事よりも、相手のことが心配になり、やっと来てくれると「アー良かった」と言って相手を気遣う言葉を言ってあげたりする。
買い物をしても相手のことばかり考える。
そういうことができるのが愛だと思います。
愛だけになると、永遠、与えっぱなし、見返りが返ってこなくてもそんなの平気なんです。
だから私の「愛の賛歌」がNHKの紅白で歌った時は、「花子とアン」での柳原白蓮の駆け落ちのシーンで「愛の賛歌」の歌がまるまる4分使われて大反響がありましたが、それが愛だからです。
原詩がそういうふうにできているんです。
色んな方が「愛の賛歌」を歌いますが、みんな恋なんです。
越路吹雪さんが歌ったのは、あれはあれでポピュラーにするには、あれで必然性があってそれはそれで良かったと思いますが、でも愛ではないんです。
岩谷時子 日本語詞
「あなたの燃える手で 私を抱きしめて ただ二人だけで生きて行きたいの
ただ命のある限り私は愛したい 命の限り私は愛したい ・・・・」
原詩をよく読んでみると、それとはどうもしっくりしない。
「高く碧い空が 頭の上に落ちてきたって この大地が割れてひっくり返ったって
世界中のどんな重要などんな出来事だってどうってことはありゃしない
貴方のこの愛の前には
朝目が覚めた時 あなたの掌の下で私の身体が愛に震えている
私はそれだけで十分
もし貴方が行けと言うんだったら 世界の果てまでだって付いてゆくし
もし貴方が盗めと言うんだったら どんな高い宝物だって お月さまだって盗みにいくわ
もし貴方がそうしろと言うんだったら ブロンドだって染めるし
もし貴方が言うんだったら 愛する祖国も友達もみんな裏切ってみせるわ
もし貴方が言うんだったら どんな恥ずかしい事だって 人前であろうとなんだろうとやってのける
そしてやがて時が過ぎて死が、私から貴方を引き裂いたとしても それも平気よ
だって私も必ず死ぬのだから そして死んだ後でも 二人は手に手を取って
あのどこまでもどこまでも広がる真っ青な空の碧の中で
永遠の愛を誓い合うのよ そしてそういう私達を神様が永遠に結びつけて下さる
祝福して下さるだろう」
そういった歌詞だったんです。
ピアフはそういう人だったんです。
(インターネットからの美輪明宏 日本語詞
「高く碧い空が 落ちてきたとしても 海が轟いて 押し寄せたとて
あなたがいる限り 私は恐れない 愛する心に 恐れるものは無い
貴方が言うなら この黒髪を何色にでも
貴方が言うなら たとえ地の涯(は)て 世界の涯ても
貴方が言うなら どんな恥でも 耐え忍びます
貴方が言うなら 愛する国も 友も捨てよう」)
皆さんに愛というものはこういうものですよ、という事を知って欲しかったんです。
フランスで2本映画が出来ているが、全部中途半端で恋なんです。(我まま、無教養)
私は若い皆さんに気付いてもらおうと、何度も何度もお芝居にしてやっています。
今はIT社会、デジタル社会は便利で利便性ばっかり考えて作られたもので、それの引き換えに健康を失ってしまった。
人間は肉体と精神で出来ているが、健康を維持する食料は過剰なぐらい出回っている。
精神の健康を維持するものは何かというと良質な文化です。
若者が大音響で歌う歌はエネルギーを発散させるにはいいかもしれないが、優しくする、安らぎ、癒す、それには程遠い。
名曲はメロディーが美しい、音楽はメロディー、ハーモニー、リズム、強弱の4つがそろって良質な音楽となる。
人間は自分の身を守ろうとしてアップアップする。
親が子を殺し、子が親を殺す恐ろしい時代になり、無差別殺人事件などが起きてきている、言葉、文化です。
昔は言葉が綺麗でした。
丁寧語を使っていた。
ねぎらいの言葉、感謝の言葉を気前よく使っていた。
そうすると節度、儀礼、人としてちゃんと尊敬されていると思う。
感情を理性で抑えたりバランスを取って、自分が自由自在に感情を処理することは一番難しい。
怒るは感情的、叱るは諭すという事(主体性を持たせて自分で答えを出させるように順々と説いてゆく。)
親子では無くて、子供でも人間としてとらえる事が大事です。
人間として世の中を上手くしていくための通行手形が「微笑み」です。
微笑んでいる人間を嫌いな人はいないと思います。
愛にも色んな愛があるので、秋のコンサートにはそれを並べて曲にして進行していくことにしています。
人間はみんな天命を持っている、この世の中に役目を授かっていない人は誰もいません、だから私はこうやって元気に生かされているんだと思います。。