白石加代子(女優) ・変幻自在に演じ、語る(2)
1989年、結婚して色々なことが大きく変わりました。
完成度の高い舞台をやっていたので、もう一度真っさらにして、どんなことが女優として出来るか考えて、第一歩を進めてみたい年でした。
主人は早稲田小劇団の先輩でもあり常に支えてもらってました。
この年にフリーにもなりました。
日常はゆったりくつろいで過ごすのが得意ではなく、家では忙しくしてしまいます。
沢山の演出家にまみえることができて、女優として幸せだなあと思います。
蜷川幸雄さんとの舞台、亡くなってしまったが、酸素吸入をして稽古場にいたときには物凄い元気で怒鳴ったりしていましたが、まだ大丈夫だろうと言う感覚が有ったが、突然の訃報に会いました。
雑談をしている時が凄く楽しい方でした、物凄く悪口が上手で、楽しい悪口を言って下さる方でした。
7~8本演出していただきました。
1997年、藤原竜也さんとの共演も有りました。(藤原さんが10代なかば)
役の上では私の義理の息子の役、身毒丸という名前の役でした。
ロンドンでの舞台で大成功をしました。
天才的と私は言ってしまうのですが、寺山さんの短歌をセリフとして、しゃべりながらリアリティーが出せると言うのは、何十年とやった役者でも大変ですが、そういうことをさらっと出来た人でした。
最近竜也さんは結婚もして子供も出来ました。
オーディションで蜷川さんが一言暗示を与えると、もっと良くなると思った様で、竜也さんを選んだんだろうと思います。
蜷川さんは私達同世代の人には優しいです。
大竹しのぶさんとは長塚圭史さんが演出した「ビューティ・クイーン・オブ・リナーン」でご一緒しています。
甥や姪が「おばさん」と呼ばせないように「加代ちゃん」というようにして、白石さんという舞台監督がついて、「加代ちゃん」と呼んで下さいと言うのが発端で、それ以来「加代ちゃん」と呼ばれるようになりました。
お客さんが楽しむ前に、自分が先に楽しんでいると言う女優ではあります。
長塚圭史さんは山田風太郎原作のものを「赤い暗闇」という作品をつくって、小栗旬さん、小日向文世さん主演のものに私も参加させていただきましたが(2013年)とっても楽しくて、長塚圭史さんも俳優としても出ました。
忘れられないシーンは私が彼の背中にしがみついて、舞台全面を下手から上手に二人でセリフを言いながら、歩いてゆくシーンが有りますが私は大好きでした。
野村萬斎さん演出、演者の「国盗びと」の作品、4役をやらせてもらって(リチャード三世に出てくる女全部なので大変でしたが)忘れ得ぬ懐かしい舞台でした。
野村萬斎さんは包み込んでくれる様な優しさが有りました。
野村萬斎さんの「ボレロ」だったと思いますが、凄い踊りを見ました。
私は劇団にいたころは、相当な声をだしたし、訓練をしていまして、若いころに鍛えられたという思いはあります。
舞台は体力が無いと駄目ですね。
劇団にいたころは、凄い集中力で、物凄い力で空間を切りながらやっていたのでへとへとだったが、フリーになってからは、特に100物語はお客さんと交流が持てる様なしつらえにしてもらったりするので、お客さんにふっと疲れを渡してしまったり、笑ったりしてもらえると場が和んだりして幸せな気分になります。
お客さんとよりいい迎合をして、その中でお互いが楽しく幸せになるという様なことを身につけたのは凄く収穫だったと思います。
三遊亭円朝、怪談「牡丹灯籠」の朗読
「やがて幽霊だと言う事が判り、和尚様どうか来ないようになりますまいか。
和尚は当年51歳の名僧。・・・何しろくやしくて祟る幽霊ではなく、ただ恋しい恋しいと思う幽霊で、三世も四世もまえから、或る女がお前を思うて生きかわり死ににかわり、形はいろいろに変えて付きまとうている故、のがれがたい悪因縁が有りどうしても逃れられないが、死霊よけの為に如来を貸してやる、御札をやるからほうぼうに張っておいて、このお経を読みなさい。・・・そら来たといって蚊帳をつってその中で小さく固まり、額から顎にかけて脂汗を流し・・・念仏を唱えながら蚊帳を出てそっと戸の節穴から覗いてみると、・・・これが幽霊かと・・・あれほどまでにお約束をしたのに、今夜に限り戸締りをするのは男心と秋の空、萩原さまのお心が情けない、どうか萩原さまに合わせておくれ・・・裏口へ回ったがやっぱり入られません。」