2011年10月17日月曜日

若林克彦(ハードロック会社社長)   ・街の発明王高度技術に挑戦

 若林克彦(78歳ハードロック会社社長)    街の発明王高度技術に挑戦  
これまでに100件を超える発明をした 東大阪のエジソンとも言われている 
50年前に開発された絶対緩まないネジがヒット商品となる
現在建設中のスカイツリーに取り入れられる等、高度な建設が要求される現場に使われている 
「アイディアは人を幸せにする」をモットーに先頭に立って商品開発を進めている
鉄道は振動がきついので緩まないネジを使ってもらっている 
16両編成で100万km走るとオーバーホールを行うがその際にボルト、ナットは自社のに交換してもらえる
16両編成で2万個のボルト、ナットを交換する 
1個でも不良があると駄目 37年やって来て一件もクレームはない

心構えを朝晩言う   イギリス、台湾、ドイツの新幹線にも使われている 
10年ほど前にイギリスで レールのポイントがあるがそこでナットが緩んで脱線転覆して 、大きな事故を起こしている 
5年前からハードロックの代理店が宣伝していたが使ってくれず、点検で増締めで対応していたが、事故を起こしてしまった  
呼び出しがあってポイントを変えるので使用するようになる 
ポーランドでもイギリスが使っているにのであればうちの国も使おうと動いている

長野に第二次世界大戦のときに疎開する お婆さんが種まきを苦労している姿を見て何とかならないものかと径が30cm、巾が5cmのブリキのドラムを作って穴をあけ、種をドラムの中に入れて転がせば種がでてくるようなものを作った 
人が喜んで使っている姿を見て子供心に嬉しいと感じた(10歳)  
かまどで火をおこすのに竹の筒で吹いて苦労していたのを見て、送風機、使ってブリキで作ってやったところこれもうまく行き喜んでもらえた
「発明はだれにでもできる」と言う本を読んで巨万の富を築くという夢を見る

卵焼き専用フライパンを作ってスーパーの出入り口で実演をする 
1か所で1000個売れる 200円/個の利益を得る これを資金にハードロックの製作、販売に向かう 年数は掛る 途中でやめたら駄目    
昭和36年 大阪に国際見本市があって 私は設計だったので設計資料を求めて見本市に行ったときによその緩み止めナットを貰った
家に帰ってパンフレットを見ながら考えたら、もっと簡単にできるなと直感した 
考え始めて1時間ぐらいで纏まり、試作してみるとOKだった

特許出願して1年ぐらいしてものを出して反応を確かめたかった どこへ売ったらいいか考えあぐねる パンフレットを作って問屋に持ってゆく
問屋の人はこんなものは使えるかと突き返される 
JISの規格品にこんなものを付け加えたら違法行為だと言われる  
2軒、3軒回っても同じ状況
問屋は駄目だと判断し、実際に使っているところをターゲットに絞る 
コンベアー ネジがゆるむのでここに売り込む その場に品物を置いてくる 
使ってみたら良かったと言われる 

緩んだら閉めろが定説になっている 納得してものを見てはいけない 欠点はなにか 
板ばねを追加して緩み対策をする 鳥居のくさびを見てヒントになった 
作業性を向上させるために又1年間掛る 
基本理念 
①心豊かな創造性を磨き無から有を見出し進展させる  
②アイディアの開発を通じ人と企業と産業社会の発展に貢献する
③この社会はわが社の為の道場であり、見るもの、触るもの全て我が師である  
 毎朝唱和している
完成度を見る 60%~80%→付加価値を付ける
心状態と形 バランスなんですよ 形ばっかり優先してゆく 
心状態がしっかりしてものができてくるのは安定している(不況とかに対し)