2025年8月30日土曜日

薫田真広(東芝ブレイブルーパス東京 社長 )・武骨に、日本ラグビーのために ~ラグビーリーグワン

薫田真広(東芝ブレイブルーパス東京 社長 )・武骨に、日本ラグビーのために ~ラグビーリーグワン

日本ラグビーの最高峰 、ジャパンラグビーリーグワンは東芝ブレイブルーパス東京 が2年連続の優勝を飾りました。  この東芝ブレイブルーパス東京 のGMとしてチームの編成を任された薫田真広さんはその手腕が評価され、8月1日付でチームの社長に就任し、更にGMを兼務することになりました。 薫田さんは1966年岐阜県生まれで、岐阜工業高校からラグビーを始め筑波大学に進学し、大学時代に日本代表に選ばれました。  卒業後は社会人の東芝府中に入社、1996年からの日本選手権3連覇に貢献しました。  日本代表ではワールドカップに3大会連続で出場し、95年の南アフリカ大会ではキャプテンを務めました。 ポジションはフォワードのフッカーで日本代表キャップは44で、その後東芝の監督に就任し、日本選手権優勝を始め、トップリーグ3連覇を成し遂げました。  日本代表でもアシスタントコーチや日本協会の強化委員長などを務めました。  今回クラブチームの社長に就任した薫田さんにリーグ2連覇を達成した要因や今後のビジョン、2年後にワールドカップを控えた日本代表の現状などについて伺いました。

トップリーグから、2022年からリーグワンに替わってこれまで4シーズンですが、2連覇したチームは今回が初めてです。  激戦の多いリーグになりました。  圧倒的なアタック力で勝ってゆくを目指しました。  世界の一流プレーヤーがにほんのクラブチームに集まるようになったのは、2019年のワールドカップが大きいと思います。  彼らは家族を大事にする文化なので、家族に対する安心感が彼らが日本に来る一つの要因になっていると思います。  GMはスタッフ、選手のチーム編成を主に、1シーズンを通したプランニング、マネージメントをしてゆきます。  8月1日付でチームの社長に就任しました。 事業と強化をしっかり廻してゆく責任を感じています。  今のラグビーの環境に適した戦略は立てられると思ってい居るので、周りの方と連携を取ってやっていきたいと思っています。

試合前は無骨さを出す、試合が終わったら選手が笑顔を見せながらファンサービスをするという、紳士さを見せようというコンセプトでやっています。  共感を頂いてています。  今は試合が終わっても30分ぐらいは帰らずに、スタンドに立って選手たちに声援を送っています。  うちだけは観客動員数が増えています。  開幕戦を4万人でという風に計画しています。(今迄決勝にみ達成)  

クラブが大事にしているのは真面目な選手を取って行って、人を育てるという事です。  「猛勇浪士」をチームコンセプトにしています。  そしてチームつくりには変化が必要です。   相手の分析を如何にうわ回れるかという事が非常に大事です。 

筑波大学に進学しましたが、フッカー(スクラムで中心を務める選手)に変更したのは高校の日本代表の強化合宿に行っている時に監督から言われました。  大学卒業後は東芝府中を選びました。  理由は日本一になっていないチームで日本一になりたかった。 1992年度、1994年度に全国社会人大会で準優勝、1996年から日本選手権3連覇に貢献。  東芝のDNAは派手ではなく無骨にラグビーを真面目にする、 と言ったものです。 

1991年のワールドカップではアフリカのジンバブエに52-8で勝って、ワールドカップ初勝利。  ジンバブエはどんなプレイをするのか判らなかったので、下見に行きましたが。当時エイズが流行っていて恐怖心を抱きまいた。 帰国した時にも全員エイズ検査をしました。(命がけの戦いでした。)  第3回ワールドカップ南アフリカ大会予選プールで、3戦全敗でニュージーランドに17-145という大差で負ける。 (キャプテンを務める) アタックがどの程度通用するのかと言ったところにフォーカスしました。  戦った結果がどう影響するのかという事を理解していませんでした。  負の遺産を残したショックが大きかった。           1999年の第4回ワールドカップ、予選プールで3連敗。(選手としては最後の大会。)  日本ラグビーが大きく発展する大会でした。  チーム力が上がってきている段階でした。 

33歳で引退しました。  2002年に東芝の監督に就任。(2年間の準備期間はあった。) トップリーグ3連覇など多くのタイトルを獲得。  相手が倒しにくるところを如何に立ち続ける為のスキルとフィジカルをあげるかと言う練習を徹底的にやりました。  選手がいつ伸びるのか、心技体の前に知力(いかにベンチワークが出来るかなど)については伸びしろがあるなと思っています。  そういった選手を如何に育てるかという事をやっていました。

1995年のワールドカップがオープン化、プロ化して海外のラグビーが変ってゆく時代でしたので、日本人の情報量ではこの先の日本ラグビー、日本代表は結果を残すという事がしんどいだろうとは思っていました。  最近では日本代表のヘッドコーチは外国人の人が多く務めています。  日本人でもできる指導者がここ最近出て来ていますので、日本人が担当するという事にチャレンジしてもらいたいと思います。  2027年のワールドカップにはしっかり結果を出してもらいたいと思います。  2019年のワールドカップでは決勝ラウンドで戦う余力が残っていなかった。  選手の層の厚さ、総合力の差がこの決勝ラウンドに出たと思います。まず層を厚くしなければいけない。  現在世界ランキング14位。  結果をあげて行かないと予選プールが難しくなる。  東芝ブレイブルーパス東京については3連覇に向けてしっかり準備してゆく事だと思います。  戦力が均衡化してきているのでハードルは上がっています。