桂盛仁(重要無形文化財「彫金」保持者)・「コツコツ、心があたたまるような作品を作り続けて」
桂さんは、81歳昭和19年東京生まれ、父の盛行さんは、江戸時代初期から続く彫金の柳川派の技を受け継ぐ名人として知られていました。 桂さんは、東京都立工芸高等学校を卒業後、グラフィックデザインの仕事を経て、父親のもとで修行を始めます。 作品作りに励み26歳で日本伝統工芸展で初入選、その後も挑戦を続け、63歳で重要無形文化財保持者に認定されました。 彫金の技を伝えたいと活動してた桂さんに、5年ほど前、ゲームやアニメで人気のポケットモンスターを制作する機会が訪れます。 それはポケモンを様々な工芸の技で表現する「ポケモン×工芸展 美と技の大発見」で、桂さんは彫金の技を工夫して作品を完成させました。 現在各地で展示されています。 思いがけない反響に驚いていると言う桂さんに伺いました
工房の広さは16畳位です。 彫金の道具がたくさん並んでいます。 ここに1つ作品があります。 香炉です。 家庭の中で部屋の中に香りを漂わせようとするものに使うものです。 お香を炊きます。 幅10センチ奥行き7センチ高さ8センチ位です。蓋がありますが、つまみやすいものということでかたつむりを形取っています。 かたつむりは1枚の板を立体的にして形作っています。 このグレーの材質は四分一と言いまして、銅の中に4分の1銀を入れてます。
彫金と言うのは、もともと刀の刀装具で鍔以外にも目貫きとかいろいろな部品があります。 江戸時代になると刀は飾り物になって来ます。 家の系統では、江戸の初期から明治までは刀等の刀装具を作っていました。 女性の装身具も作っていました。 明治以降は帯留めなどに移っていきました。 現在はそのようにして続いています。
昭和19年生まれです。 父は耳が悪くて彫金をやるしかなかった。 終戦直後は、彫金は贅沢品なのでお金にならず貧乏でした。 両親と兄弟3人合わせて5人が間借りをしていました。 1部屋で父が仕事をして、食べて寝てずっと生活を続けていました。 小学校3年生位から父の仕事の手伝いをするようになりました。 父はかなり耳が遠いので、かなり大きな声で会話をしていました。 当時の主な仕事は、米軍の兵士のお土産用として作ってました。 主にロケット、ペンダントの蓋を開けると中に写真が入ってるそういうものでした。その蓋にいろいろな富士山、五重の塔、桜、日本の風景などを彫り込んでました。
その後万年筆、メガネなどの枠の部分に板をはったりすることなど手がけました。 東京都立工芸高校の金属工芸科(彫金、鍛金、鋳金)に入りました。 花瓶などを作る鍛金が面白かったので、彫金は家でたたいて提出していました。 高校時代、アルバイトとしてカフス、ネクタイピンなどを作って売っていました。 グラフィックデザイナーがもてはやされる時代になりました。 それで短大のグラフィックデザイナー科に進むことにしました。 その後会社に入ってグラフィックデザインの仕事を始めました。
体調を崩すようになって、父の仕事を手伝うようになっていきました。 大きく分けて4つの技に分かれます。①金具 ②象嵌 ③打ち出し ④彫り ①金具では帯留め金具になります。 装飾するには色を付けるのに違う色の地金を嵌めます。 そうすると②象嵌?の技法も出てきます。 ③打ち出しは1枚の板から形を打ち出していきます。 ④彫りは基本的なもので、例えば葉っぱの葉脈に線彫りを入れます。 それが入り混じって1つの作品になります。 タガネなど道具は、父から受け継いだものと、あと自分で作ったものがあります。
父とは40年弱一緒に仕事をしました。 26歳で伝統工芸展に入選しました。 帯留めの場合、図案にもよりますが、最低3ケ月はかかります。 2008年に60代で重要無形文化財保持者になりました。 文化庁から話があったときにはびっくりしました。 伝承してもらえればいいかなと思って、20年近く教えに行ってます。 2020年頃にポケットモンスターを彫金で表現すると言う話がありました。 「ポケモン×工芸展と技の大発見」と言う作品展(20名の作家が出品)がありました。 全国各地で巡回されるようになりました。 小さい子が展示したキャラクターを見て、名前を呼んでくれたりすると非常にうれしいです。 やってよかったなぁと思いました。