2026年3月28日土曜日

木内昇(作家)               ・私の人生手帖(ちょう)

 木内昇(作家)               ・私の人生手帖(ちょう)

江戸時代の後期新潟県の豪雪地帯の風物や暮らしを記した「北越雪譜」と言うベストセラーがありました。この本が世に出るまでの作者鈴木牧之の強い思いや、江戸の出版事情などを壮大に描いて、第52回の大佛次郎賞などを受賞した作家木内昇さんに伺いました。 木内昇さんは、1967年東京生まれ、出版社勤務を経て、2004年に作家デビュー、その後4作目にして直木賞を受賞しました。 去年の末から短期間に多くの文学賞を受賞して、改めて高い評価と注目が集まっています。  これまでの半生とともに、「北越雪譜」を軸にして、まるで息使いまで聞こえてくるようなリアルな小説世界がどのように紡ぎ出されたのか、併せて時代小説の基礎からの楽しみ方などを伺いました

浅田次郎さんが、私が「中央公論文芸賞」を取ったときに、木内さんと言う人は、険阻な道を行くだろうと、王道ではなくて、厳しいところをわざわざ登っていくじゃないかと言うことを書いてくださって、私はなんとなくこういう道を登っていくんだろうと予感していた時にだったので、そこに踏みとどまって頑張らなければいけないだろうと思いました。 物語自体もすんなりいかないし、取り上げる素材も決してみんなが好むようなものでもない、でもどうしても取り上げたいと思いました。 表現の仕方にしても、通りいっぺんなところをやらないのかなあと気がしていました。 それを言い当てられたような気がしました。

「雪夢往来」では40年の歳月を書いております。 鈴木牧之と言うのは、越後の商人で代々続くを切り盛りしながら、地域の民族学みたいなものを記録をずつ書き続けます。 出版したいと言う野望があって失敗しますが、頓挫するのが繰り返して、出版するまで40年かかったと言う歴史があって、その歴史を描いた作品です。

方言についてが難しくて、細かく直していく作業がを経て出版することを毎回繰り返しました。 本当に好きなものって時間をかけてもやりたかったり、最悪夢が叶わなくてもやりたいものっていうのはあると思います。 やりたいものとか夢とかは叶う叶わないと言うのは、そこは重要ではなくて、たとえ評価されなくても日の目を見なくても、大事に自分の中に持っていけるかと言うところが、その人の幸福か不幸かと言うところにつながっていくと思っていて、死ぬまで夢を持っていたら1番いいんじゃないかと思います。  

小説のなかに不思議な世界を取り入れていますが、当時の精神性と言うまででは無いんですが、どういう感情とか、どういう気持ちで生きていたかと言うことを考えると、どうしても取り入れざるを得ないと言うところで、自然に入ってきちゃう感じです。   自分の感情としてはそういうところはないです。 理論的に考えたいと思う方です。  江戸の文化と言うのは太平な時代が260年続いたし、識字率も高かったし、浮世絵なども普通に楽しんでるし、芝居も楽しんでます。  財産は残さないんだけれども、きえものにはお金を使うと言う文化には、お金を使うと言う文化が爛熟したのが、江戸時代だったのかなあと思います。 そういったことで江戸時代が見直されてるのかなあという感じがします。

なるべく体の動きとかで、その人の人柄とかを書きたいなぁとふうに思っていて、江戸時代とか昔の頃の方が、体にその人の特徴が出ます。武士は左に刀を差すので、武士の歩き方と町民の歩き方は違いますし、身体的特徴とか動き方を書くと言うのが楽しかったりします。 時代物の楽しみというのはそういうところにあります。

私は小さい頃は、野球が好きで、王選手に憧れていました。 つい動きと言うものに注目してしまいます。 動きをどうやって臨場感を持って書くかとか、職人の手で裁き1つにしても、情景がどれだけ浮かべられるか、そういうのを1番気にしながら書いています。  資料は結構集めます。 全国の古書店から取り入れることができるので、便利さはあります。  資料読む方が書くより時間がかかるかもしれません。 

もともと作家を目指した事はなかったです。 出版社でインタビューの仕事をやっていました。 「新選組幕末青嵐」というのを書きました。その後「茗荷谷の猫」を書きました。自分で書いていてもものすごく面白い作品でした。 書いてみませんかと言う話になったのが、2008年の終わり位です。 書いている事は楽しいです。 登場人物たちに自分の主義主張とか、自分の意見と言うものを代弁させないと言う事は大事にしています。(登場人物ではなく私になってしまうから) どういう風に思うのかなと言うのは、読書に委ねると言うのが小説ではないかと思います。 

歴史のある土地は好きです。 昔は地域の差によっていろいろ違っていて、食べ物とかも違っていたし、風習習慣も全然違っていたので、そういうのを調べるのがもともと好きです。  登場人物の土地はすごく歩きます。 作家としていつも挫折感を感じているように思います。 もうすぐ出る本ですが、女性で望東尼言う50代の後半で急に勤王に目覚めて、高杉晋作を最後に看取った人で、この女性を書きますが、年老いてからすごく花開いた人を書きますが、そういう人たちを書いていきたいと言うのと、江戸時代がすごく文化が開いた時期なので、もうちょっとそこを掘り下げたいなぁと言うふうに思っています。 母を弟を介護していて、今が一番つらい時期ですが、大変な時も出口になったりします。 書くと気持ちが整理されたりします。 何十年も続けているので、作家気分ではないと言いながらも書いていると言う事は、何か燃えるものがあるんだろうなと思います。