2015年12月16日水曜日

碓井真史(新潟青陵大学大学院教授)・心理学のメッセージで幸せに

碓井真史(新潟青陵大学大学院教授・スクールカウンセラー) ・心理学のメッセージで幸せに
東京都出身56歳 日本大学大学院で心理学の博士号を取得した後、大学教授となり現在は新潟青陵大学大学院臨床心理学研究科の教授を務めています。
その傍らスクールカウンセラーとして、教育現場のいじめや不登校等の問題にも長年向き合ってきました。
1997年開始したホームページ 「心理学総合案内こころの散歩道」では世間を騒がせた事件、犯罪にまつわる心理を解説したり心理学の視点から人間関係を良くするヒントを掲載して総アクセス数は、5000万件にのぼりました。
現在はインターネット大手検索サイト内の個人ページで心理学の知見を生かして、人生を前向きに変えるメッセージを発信し続け、全国放送のTV番組などにも、コメンテーターとして出演しています。

或る有名人の自殺があってそれをあるところに書いたがクレームが来て、自殺に関しては寝た子を起こすな、という発想が多く、残念に思い自分のホームページで書こうと思いました。
利用者が増えれば、もっと普通の話題が増えるのではないかと思いました。
自殺予防に関するページを作りました。
自殺を考える人は非常に不安定な心で追い詰められた末の死で、今日乗り越えられると明日は又生きようかなと思ったりもする。
ページを見てもう一度生きようという様な感謝のメールもあるが、無責任なことを言っているなという様なメールもありました。
メッセージ性のある、こちらの想いを届けたいという思いはありました。
心理学は直接的に人の幸福を願っている学門かなと思います。
当時(高校生)、神経質で人間を怖がっていましたが、人間が好きでした。
心理学を学んで人間を知れば人間は怖く無くなると思いました。

犯罪者と自分はそんなに遠くない気がします、連続線上にただいるだけという気がします。
特に少年事件は不幸な偶然の積み重ねですね。
ほんのちっちゃなきっかけ、ほんの少しの気付きで大きく変わる人達がいっぱいいる、そこは心理学者の出番だと思います。
ポジティブ心理学 幸福になるためには何が必要か、お金、知能、学歴等いろいろ考えられるが、それらはそう簡単に変えられないが、そういったものを全部ひっくるめても、幸福感に与える影響はたった10%しか与えていない。
一番は行動習慣、土台になるのは「有難う」なんです、「有難う」が言える人は幸福感が高い、人に親切行動をし続けている人、目標を持って一生懸命熱中する活動をしている人等は幸福感が高いというのが科学的事実なんです。
これらは変化できることです。
幸せを願うなら、「有難う」を言うことは効果的です、科学的な事実です。

夜寝る前に今日良かったことを 3つ数えるとか、今までの人生でお世話になった人を思い浮かべてありがとうをカードに書くとかポストに入れなくても、幸福感は高まる。
「有難う」を言葉や文字にすると幸福感は高まる。
幸福な人は幸福な人同士が集まって、お互いに相手を幸福にしあっている、お互いに親切にし、され、お互いにありがとうを言いあって、ドンドン幸福になってゆく。
不幸な人は不幸な人が集まってお互いに不幸にしあっている。
良い人のボランティア団体、趣味の会とかに行くと、皆と同じことをするようになり、その人も幸せになってゆく。
世の中はドンドン変わるが、人の心は基本的には変わらない、変わらないからこそ源氏物語、シェークスピアとか見て私たちは喜べる。

複雑な社会でもピュアな心はあり、ピュアな思いを実現させるためには、具体的にどんな工夫が必要か考えてゆく必要がある。
法律、経済も大切で改善していかなければならないが、心の問題は意外と簡単に今日からできてしまうという事があって、心を変えてゆく。
オーナーマインド 人間がやる気を失い、幸福感を失ってゆく大きなきっかけは、やらされているという感覚が何とも苦痛で、あたかも自分が店長、社長のオーナーの様な感覚になると、頭を下げることが必要なことだと思うと、屈辱感から自由になる。
それは、見ている人は見ていてくれる。

スクールカウンセラー 
心理療法としてのカウンセラーは多くは無い、学校の潤滑油、黒子、如何に担任が良い形で子供を支えられるか、如何に親のストレスを低減させて、親御さんたちに希望、力が出てくるように助けられるとか。
全国ニュースになる一歩前の様なことは、特別な学校ではなく全国の学校にあふれています。
手首を切っている子はいっぱいいるし、とんでもない親のもとで苦労している子もいっぱいいます。
良い学校は問題を隠さないし、問題を共有する。
チームとなって問題を解決しようとするし、親を巻き込み、親も含めて皆でチームになってその子を支えていこうと体制がとれれば、そんなにひどいことは起きない。
これはひどい、かんがえられないという様なケースもあるが、それは指導力を失った状態の学校だと思う、問題を明るみに出せず、連携も出来ず、という風になってしまっていたと思う。
いくつかの不幸な偶然の積み重ねで、いろんなことが巧く行かなくなると、先生は疲れ不慣れな弱い先生が孤立する、何とかしようとする熱血先生も孤立する、学校がぎくしゃくしてゆく、きちんとした虐め自殺予防活動が不十分になってゆくという悪循環が起きる。

まずは予防だと思う。
虐めっ子は、大人に話すことは「ちくり」だというが、むしろ正義の行動だと思う。
いじめが始まって、嫌だと思って見て見ぬふりをすると、嫌ないじめの雰囲気がクラスに広がり、学年中が、学校中が嫌な感じになってゆく。
気が付いた段階で話すのは正義の行動です、と言う事を最初に伝えておく事。
子供は親には心配かけたくないというが、大人は子供の事を心配するのが仕事です、傷ついている事を話すなという事ではない、一杯心配かけてもいいい、迷惑掛けていいよと事前に伝えてゆく事です。
良い場所(来やすい環境)を提供する事も大事です。
話しやすい状況を作りながら話せる環境を作る。
親が絶対貴方を守ってやる、と宣言して同時に具体的な行動をする。(先生が駄目なら校長先生に話すとか)

SNS(いじめ) あれっと思う事があったら、その時に何でもいいから一声かけることが大事です。
どう向かい合ったらいいかわからない、色々考えてしまって話さないが、何でもいいから一声かけることが大事です、そしてもう一声何か、どうでもいい様なことでも良いからこちらから話すと、ふっと話してくれることもある。
何げない会話がとても大きな意味を持ちます。
「どうしたの」と、声をかけるためには、こちらの心の余裕が無いと駄目ですね。
相談を受ける側も、誰かと問題を共有してゆく。
溺れている人を助けるためには、泳ぎが上手でないといけないし、やたらと飛び込んで助けるのもいけない、棒を伸ばして助けるとか、人を呼んできて一緒に助けるとか、無茶をしないで皆の力で少しずつ助ける方向に行く。
親もいろいろ傷つくが、周りの愛が不十分と感じる、周りの人を針で刺す(貴方のここが不十分だと言う)周りは怖がって離れて母子カプセルに入ってしまうが、周りを上手に活用してゆきましょうと言いたい。

見て見ぬふりは、何もしていないという事では無くて、心理学的にはそれをやってもOKだというサインになっていて、エッという怪訝な目、ちょっと白い目で見る事によって、やっている人それだけではやりにくくなる。
生き辛さを感じているとしたら、それだけで十分だと思う、悩んでいる人はそれでOK、悪い奴らは悩んでいませんから。
その時その時最善の事をしていると思いますが、小さな一歩は実はもう起きているが、それに気付いていないという事が一杯ある様な気がします。
気がつくと結構歩けたりする、小さな一歩を認めてあげよう、今はできなくてもいつかは必ずできるようになるという思いを皆で持って行きたいです。