2021年5月3日月曜日

穂村弘(歌人)             ・【ほむほむのふむふむ】名久井直子

 穂村弘(歌人)             ・【ほむほむのふむふむ】名久井直子

名久井直子さんは1000冊以上の本の装丁をされていて、ぼくも何冊か装丁していただき、最近の本だと「あの人と短歌」という対談集で、名久井さん自身にも対談に来ていただいて、収録されている本です。  今月出る31年前のデビュー歌集の新装版をデザインを一新して、「シンジケート」という歌集のデザインをお願いしています。

1976年 岩手県盛岡市生まれ。  武蔵野美術大学視覚伝達デザイン学科卒業後、外資系広告代理店に就職、アートディレクターとして勤務。  在職中に友人の歌人錦見映理子さん歌集『ガーデニア・ガーデン』を初めとしてブックデザインの仕事を始め、2005年に独立、フリーで活動を始めました。  平成26年川上未映子さんの『愛の夢とか』ささめやゆきさんの『イタリアの道』、辻村 深月さん 『島はぼくらと』などの装丁で第45回講談社出版文化賞ブックデザイン賞を受賞されています。  穂村さんとはもう20年以上のお付き合いです。

名久井:初めてお会いしたのが、2001年かと思います。  新入社員でした。  100万円たまったら会社を辞めるということで、貯まってスパッと辞めました。   いろいろデザインの仕事をさせていただきましたが、その反応が全然わからなくて、規模が小さくてもいいから手に触れる仕事のほうが、性に合っていたという気がします。   本は好きでした。  私の場合は向こうから来る本を読むだけで、いろいろな本に無理矢理出会わされるのでありがたい仕事でした。 

 穂村:昔は微妙に白っぽくて簡素で上品な美しさの本ばっかりでしたが、化粧が濃いみたいなものだといわれた時にはびっくりしました。

名久井:歌集は誰かが見えるとしても、それは歌人本人かあいまいで、それを形にするのが難しいし仕事で、抽象的なイメージになりがちになります。   辞書は長く使うものなので嫌がられるのは駄目なので緊張します。   歌集、詩集などは、私は温度とか湿度という感じでとらえているんですが、暑くるしいとかクールだとか、そういう温度、湿度の種類は微妙に違っていて、そこに近い温度、湿度で仕上げると違和感はないと思ています。  とがったものになるほど好みが少なくなるので、親しみやすい感じのほうがいいと思います。

穂村:自分では気に入っていた本があったんですが、書店さんから不評で、「この本は積み重ねると崩れます」といわれてしまいました。  摩擦ですかね。

名久井:摩擦は気にします。  

名久井直子さんの選んだ短歌                           **「心から人を愛いしてしまったと触角をふるわせる弟」    笹井宏之

『えーえんとくちから』という歌集からこれは持ってきましたが、笹井さんの歌は細かい所に行っていないというか、命とか、風とか、違うものにもなりきれている感じというか。

穂村:2009年に26歳で病気に亡くなったんでわれわれも驚きました。  この歌集は亡くなった後に作られたものですね。  

名久井:毎回読むたびに好きな歌が変わるというか、そこも彼の歌集の魅力かと思います。

穂村:すごく強い片思いとかすると相手と自分の距離があり過ぎてこんな気分になるよなという感じの、相手がかぐや姫みたいな。

名久井:憧れの強さが出ているのかなという気がします。

 とても私きましたここへ。とてもここへ。白い帽子を胸に ふせ立つ」  雪舟えま

雪舟さんの短歌はかわいいものがたくさんあって、「憂いなく楽しく生きよ娘達熊銀行に鮭をあずけて」  というのもとても好きです。   一緒にウキウキする気持ちになるような、そういうところへ連れて行ってくれるような感じがします。

穂村:「 とても私きましたここへ。とてもここへ。」というのは不思議な日本語ですよね。   何か特別な場所なんでしょうね。  感情があふれた時にはこういう混乱した感じにあふれるということがあるのかなあという気がします。 詩集「たんぽるぽる」 装丁の力もあってロングセラーになっています。

雪まみれ の頭をふってきみもう絶対泣かない機械となりぬ」   飯田有子

名久井:「絶泣かない機械」というのは逆に人間ポイっというか強い表現だと思います。  飯田さんの歌は決心みたいな単語が浮かぶが、強い気持ちを持つというか、そういうのがいっぱい詰まっていて切ない気持ちになってしまいます。

好きだった 世界をみんな 連れてゆくあなたのカヌー 燃えるみずうみ」   東直子

名久井:若い時って、より遠くにより遠くに連れて行ってくれる歌みたいなっものに魅力を強く感じた時期で、読み直してみるとその時の自分みたいなものが出てくるような感じの歌ですね。

穂村:お別れの歌で悲しい感じがありますね。 すべてを焼き尽くしてしまうような。

名久井:私はあまり悲しさは感じなくて、悲しさを通り越して成仏に近いというか、そんな感じがします。

*「訪ね人として私を探すときあなたの選ぶ写真が見たい」  「新短歌教室の歌集1」から

穂村:これも一種の愛についての歌だと思いますが、面白い心理ですね。

*「ひとんちのにおいが好きでたまらない何もとらないタイプの空き巣」「新短歌教室の歌集1」から

穂村:こう幾つか並べてくると、名久井さんの好みが判る感じです、ちょっと柔らかくてかわいい。

*印の短歌は正しいかな、漢字にはなっていない可能性があります。