2017年1月8日日曜日

野沢雅子(声優)        ・シリーズ【時代を創った声】(第11回)

野沢雅子(声優)        ・シリーズ【時代を創った声】(第11回)
野沢さんはアニメ「ドラゴンボール」シリーズや「ゲゲゲの鬼太郎」、「銀河鉄道999」の作品に出演されています。
ドラゴンボールでは世界中に散らばった7つの玉を集めると、どんな願いでも一つだけかなえられると言う孫悟空の活躍を描いた作品です。

ドラゴンボールが始まったのは1986年。
30年経っていたとは全然思っていなかった。
悟空、悟飯、悟天をやって来たが、こうやろうとかは考えてきたことはなく、絵を見ていて出た一声が原作者の先生とかに、こうしてほしいと言われたことはないです。
悟空が成長してゆく過程は自分で違ってしまうんでしょうね。
私は多分なかに入りきっちゃうんでしょうね、考えたことがないです。
悟空と同じ気持ちでいたいから、原作を前もって頂くが、私は見たことが無いです、先を判りたくない。
終わってから読みます。
台本は今は前もって頂きますが、私達はもらえなかったです。
ドランゴンボールは自分の生活の一部だと思っています 。

3歳で子役としてデビュー。
叔母が松竹蒲田撮影所時代に大スターだったんです。
叔母が売り込んで自分の跡をつがせたかった。
劇団に入りたかったのは中学生の時です。
紹介されて行った劇団が、土のにおいのする劇団でした。(20年以上いました)
どっぷり浸かったのは高校を卒業してからです。
お客さんの反応が直ぐ自分の体に返ってくるのでそれがたまらなかった。
受けたからと言って更にやろうとすると受けない、常に無の状態でやらなければいけないことをそこで学びました。
辛いと思ったことは本当にないです。
ずーっと長い間一緒にいるので、家族以上です。
劇団では収入源が無いので、マスコミの所に行くわけですが、肩身の狭い思いで行きました。

洋画の吹き替えなどアルバイト感覚でした。
自分の「間」ではないので、結構トチリが有りました。
本番になってトイレから戻らない人がいたりしました。
急遽指されて代わりにやらされたりするので大変でした。
生本番なのでとちったりする可能性が高く少年は使えないので、青年ではすでに大人の声になっているので駄目で、女性の声帯が少年に近いと言う事で、各劇団が初めての洋画をとりいれた時に少年が出てきて、オーディションが有り、台本を渡された時に、少年の役だった。
それに受かって、出ることになりました。
少年役がどんどん出てきて、仕事をやるようになり、自然と声優の世界に入ることになり、ドラマは出れなくなりました。
声優といわれるのが大嫌いでした。(自分の中では舞台女優だと言う思いが有りました)
今はこの世界が大好きです。

洋画の役者に合わせようとしてきたが、アニメはそれが無いので活かすも殺すも本人次第なので、それが面白い。
アニメの最初は「鉄腕アトム」の中の少年役でした。
アニメの最初の主役が「ゲゲゲの鬼太郎」でした。
オーディションで最後2人になり、水木先生が選んでくれました。
鬼太郎は1期から5期まで(60~80年代)有りますが、1期から2期までやって3期目は他の方になりました。
ちょうど同じ時にドラゴンボールのオーディションが有りそちらが受かって、良かったと思います。
「銀河鉄道999」 1978年(ゲゲゲの鬼太郎の10年後)
この3作ともオーディションで受かって、原作者の先生が選んでくれました。
主人公星野鉄郎君は明るいがナイーブでそういうところがとっても好きです。
池田昌子さん(メーテル役)とは、「メーテル」、「鉄郎」で普段でも電話などで声を掛け合っていますが、周りからは不思議がられたりしています。

若い人は自分の個性、自分をもうちょっと出した方がいい、いま目をつぶっていると同じ声で同じしゃべり方が多くて、もったいないと思う。
ウオッチングをもう少しした方がいいと思う。(人間観察)
心の中の引き出しを一杯作って、そこにしまっておくといいと思います。
誰よりも自分が好きで行くと良い様な気がして、自分の中の良いものが自然と出てくると思う。
上手くやろうと言うような事が一番ダメだと思う(力が入ってしまうから)、陥り易いが。