2020年3月27日金曜日

田島征三(画家・絵本作家)        ・【人生のみちしるべ】「押し寄せる情熱で描く」後編

田島征三(画家・絵本作家)  ・【人生のみちしるべ】「押し寄せる情熱で描く」後編
『しばてん』と『ちからたろう』、『ふきまんぶく』はそれぞれ違う書き方になっています。
『ふきまんぶく』を書いた直後に、「すてきなおかあさん」というフューファミリー向けの雑誌ができて、毎号絵を挟み込みたいという事で編集長が訪ねてきました。
毎月は無理だとお断りしたんですが、隔月でもいいからという事でしたが、それもお断りしましたが、飼っているヤギのことをかくならば隔月でも大丈夫だと思って引き受けました。
『ふきまんぶく』は単行本にもなった凄く売れました。
現金収入が凄く増えてしまいました。(35歳)
これではいいのかという思いがあり、絶版にしてしまえば印税も入ってこないので、不退転な決意で、全く新しい世界を書こうと思いました。
5年掛かりました。
食べ物さえあれば怖くはないと思いました。(野菜、ヤギのミルク、ちゃぼの卵など)
1980年『ほらいしころがおっこちたよね、わすれようよ』ができました。(40歳)
今までとは絵が全然違います。
絵本の一つの規則を踏みにじっているんですが、面白いんです。
考えてみたらこれが売れるわけがないでしょう。
これさえ出したら売れると最初思って出したら案の定売れませんでした。
今までの本は自分の個性の範囲を広げていましたが、これは範囲が広がったが平面上ではないんです、全然違います。
とらわれることなく何をやってもいいという感じなんです。
『はたけうた』という本ですが、畑の四季が歌になって出ていますが、この絵は普通でしょう。
普通でもいいんです、何でもいいんです。
『ガオ』これは木の実で作っているんですね、木の実でも絵本が描けるんです。

高校の時に高知市の公民館で夏期講座をやっていて東京から偉い人たちがきてしゃべっていましたが、岡本太郎さんが来ました。
「芸術家というものは努力を重ねて階段を一つずつ昇って行って成り立つもんじゃないんだよ、毎日真っ白にならなければ駄目なんだよ、昨日の経験を生かして次今日なんか作ってはいけないんだよ、そんなもの毎日捨てなきゃいけないんだよ」と言われました。
縄文の土偶がどんなに素晴らしいものかという事、アトリエに籠っていては駄目だという事も言われ、今それで生きているという様なところがあります。
心酔していたわけではないんですが、いつの間にか聞いてしまったんですね。
僕の尊敬する人達がもう死に絶えてしまったのが残念です。
『つかまえた』 少年と魚の絵本は又新しい展開、これから40年を戦い抜く絵本になるかもしれない。
魚を摑まえたときの話でこれは命懸けで取り組まないと難しいんです。
少年が手づかみにしたときの魚と少年との間に流れた感触を,見る人に伝えないといけない。
魚に対する気持ちを絵で表現するのは結構難しいんじゃないかなあと思います、具体的に感じないといけないので。
最期は逃げられるというシーンがあって、茫然としたそのあとで少年があの魚素晴らしかったなあという愛情というか慈しみの心が少年の心に芽生えてきている。
今度は魚の気持ちになって少年の気持ちを描いてみようと思っています。

『とべバッタ』も少年期の思い出が重なってできているが、『とべバッタ』ももうないという事にして、そのためには僕自身が登場して、魚自信が登場するという、今までの僕の肉の中に潜んでいたものを白日の下にさらしてしまうという暴挙に出るわけです。
3年前から始まっています。
体力もないし、才能もないし、何にもないが情熱という事で生き抜いてきましたね。
新しいものを作りたいという気持ちですね。
自分が驚く作品は作り続けたいです。