2026年5月30日土曜日

栗原はるみ(料理家)            ・「福島で出会った人と食材」

栗原はるみ(料理家)            ・「福島で出会った人と食材」 

1947年生まれ、静岡県下田市出身。 1973年テレビキャスターの栗原玲児さんと結婚、2人のお子さんがいます。 家族のために作る自由な発想の料理が評判となり料理家になりました。 1992年に料理本「ごちそうさまがききたくて」、「家族の好きないつものご飯」?がミリオンセラーになりました。 以降アイデアあふれる料理を紹介し続け、料理家しての著書発行数3200万部を超える記録を持っています。2005年には料理本のアカデミー賞とも言われる。第10回グルマン世界料理本大賞を日本人で初めて受賞しました。 世界76カ国から応募された5000冊の料理書の中から1等賞になったということです。 NHKの番組にも出演されていて、1990年から「今日の料理」で講師を務めています。  「プロフェッショナル仕事の流儀」にも出演、「NHKスペシャル」にも出演しました。

ラジオ深夜便にも出演しました。 11時から1時までの番組なので家に帰ると目が冴え切ってしまって寝るのが3時位になってしまいます。  朝5時起きなので2時間位し眠れません。 1 年でやめました。  佐野元春さんの曲を結構選曲していました。 夫が亡くなって泣いてた日々でした。 私は26歳で結婚しましたが、夫は専業主婦でなくていいから、好きなことをやったほうがいいと言われて、料理を選ぶことになりました。 「夕食ばんざい」と言う番組はありましたが、その料理の裏方をやってほしいと言われて、それが私を変えた番組になりました。

1992年に出した「ごちそうさまがききたくて」がいまだに売れ続けています。  あのレシピは私が結婚してから家族に作ったものばっかりです。 私はおいしいと思った料理は、何度も試作します。  調味料は数字でしか現わされません。   人気レシピベストテンの1位「豚肉とレンコンの炒め煮」を作ってみました。(アナウンサー) ミリンが1、醤油が3、砂糖が2、レンコンが3センチの厚さです。色が透き通るまで炒めないといけない。 35分かかりました。 

夫は亡くなって悲しんでいるのを息子が見て、やりたいことがあるんだったら100書いてくれと言われて、それに全部付き合うからと言われました。 それがきっかけとなりました。(8年前) 手が届きそうなことだったり、夢はちょっといいかもしれないです。  アニエス・ベーの船に乗って食事を作ってみたいと言うのが1つありました。 彼女は温暖化をすごく心配して、すごいお金を出して世界の科学者を乗せる探査船をつくりました。 探査船に乗っている科学者の方に、1ヵ月間食事を振る舞うと言うのは夢でした。 8年ぶりに日本に来るからと言うことできませんかとなりました食べてもらってすごく喜んでもらえました。

今は80位あります。リストから消えたのはあります。 行きつけの食べるところを行く前に、おしゃれなバーに立ち寄って、そこでは夫婦で普段の会話ではないような会話ができるのでオススメです。 ギターも習ってます。 練習しかないです。  3、4 年位やってます。 1回決めたら止められない性格です。 SNSの発信も7年以上1日も休まずやってます。 

福島に来るようになって8年になります。 100の中の1つに福島の人と仲良くなりたいと言うものがあります。 日本酒を作ったり、ワインも作ったりして、ワインのラベルは私がデザインしました。 福島は私の夢を叶えてくれます。 家へ迎える側の人になってほしいと思います。 そうすると、家の片付けをするし、花も飾って料理もうまくなろうとするのでいいです。 家は70%位のキレさがオススメです。 玲児さんは、癌になって亡くなってしまいましたが、その生きたい時間の分を私にくれたのかなと思って、無駄な時間はないなと思ってます。  今88書いていて、そのうちの半分ぐらいは実現させています。