2026年5月26日火曜日

行定勲(映画監督)             ・「映画は、自分を映す鏡」        

 行定勲(映画監督)             ・「映画は、自分を映す鏡」 

行定勲さんは、1968年熊本県出身の57歳。 高校卒業後、映画製作の専門学校に進み、岩井俊二監督等の映画で監督を務め頭角を表します。 2002年には映画「GO」で日本アカデミー賞最優秀監督賞を受賞、2005年の「世界の中心で愛をさけぶ」と、2006年の「北の零年」では優秀監督賞、2010年の「パレード」と2018年の「リバーズ・エッジ」では、ベルリン国際映画祭の国際映画批評家連盟賞を受賞されています。 10年前の熊本地震からの故郷の復興支援については、先日行定監督のインタビューを前編としてご紹介しました。 今回は海外での映画やテレビドラマ作りにも挑戦していらっしゃる映画人としての行定監督の思いを伺いました。

子供時代はカンフー映画が流行っていた時代で、ブルース・リーとかジャッキー・チェンの映画をよく見に行きました。 中学の頃が1番よく見に行きました。   父親が時代劇が好きで一緒に黒澤明を見に行くと連れて行かれました。 「影武者」を熊本城で撮影していまして、立ち入り禁止のところですが、子供は大丈夫だからということで、父親から言われて入ってきました。  その時の情景がとんでもないものを見たという感じでした。 タイムスリップしてきたような状況にも見えるし、あっけにとられていました。 完成した「影武者」を父親ともに見に行きました。 見たときに仰天しました。 物凄くリアルでした。 エンドロールを見てこの映画に関わっている人間が200人以上もいることも知りました。(小学校5年生)  エンドロールを見て書き写していましたが、同じ人の名前を何回も書きます、その中から黒澤満(「GO」のプロデューサーになる人)と言う人も知りました。(中学生)

2002年の33歳の時の「GO」で日本アカデミー賞最優秀監督賞受賞。    2005年の「世界の中心で愛をさけぶ」と、2006年の「北の零年」で優秀監督賞、ベルリン国際映画祭では2010年の「パレード」と2018年の「リバース・エッジ」で、国際映画批評家連盟賞など、数々受賞。

本当はたった一人の人に届いたものが、人生を変えられたりしたらそれが一番うれしいです。 1990年代、2000年代のハリウッド映画は展開がスピーディーで、万人が感情移入がしやすい、自分の生活とかに置き換えやすい。 日本の映画は、主人公がもっと個人ですね。 四季、生活の情緒が浮かび上がるなかで、生まれあがる人間関係みたいなものが、日本映画の良さだったりするので、起伏のない中でディテールを見せてゆく、日本映画の良さがちゃんと伝わっていくことがすごく重要だろうなと思います。 

去年、今年あたり「国宝」と言う映画がすごく評価されとんでもない興業収入がありました。 「国宝」を作った方たちがあんなに多分200億も行くとは思っていなかったはずです。 「国宝」と言う映画を、なんでよかったのかと嫉妬した目で見るのではなく、みんながそこにつながっていくような世の中になっていくといいなと思います。 

熊本復興映画祭と言うのをやらさせていただいているのは、人の映画をものすごくいいよと言える場なんです。 映画って、作った人間以上に観客の方が理解している映画の方がとんでもない映画、後の世の中に記憶される映画になります。 僕らはどんな形であるかわからないが、きっかけを作っているいろんな人に人生に影響を与えると言うわけではなくて、関わっているとういう風に捉えています。 たった1人の誰かがいいって言ってくれたら、その人の人生に関わってるんですね。 

現場でしか出てこないエネルギーとか、その化学反応とかそういったものを大事にしたいと思っています。 演技している人は、僕以上にそのキャラクターを理解しているはずなので、それを表現してくだされば、それを取り逃さない、そこが緊張感です。 現場ではみんなが自発的にやってくださればいいと思ってます。 映画とは「自分自身を映す鏡」であると言う風にも思ってます。  

キャラクターを見ていると、自分の気持ちに触れている部分を代弁してくれているとか、僕の記憶の中にある物から想起されるものが多いですが、僕の知っている社会と言うのは、そこに映画の中に写っているかどうかと言うのは感じるところはあります。  自分の人生の一角みたいなものがあるかもしれないです。 若い時にいいと思ってたことと、今とはやはり違います。 

毎回新人というか、毎回変わっているような感じです。 毎回新人でいると言うふうな気持ちでいるのには、やったことないことをやるのがいいですし、本を読んでたりして、たまにこれは俺しかできないと言うような思いがあって、そういう時の映画は後々自分の代表作になったりもします。    映画の70%はキャスティングで決まる。 俳優の入れ込み具合が映画のクオリティーを左右する。(そうとも言えなくなってきている部分もあります。) 

2024年には韓国ドラマ「完璧な家族」と言う作品をつくりました。 「完璧な家族」においては越境すると言うことが、自分を大きく形作っていく。 今回はテレビドラマで向こうの国営放送で、そこで作る連続ドラマと言うのは多分史上初なんです。 それに挑戦してみたいと思ったことと、隆盛を極めた韓国ドラマ業界、韓国の俳優たちとちゃんと向き合ってみたいと言う思いが強かったんです。  多分衝突あるかと思ってましたが、衝突だらけでした。  感情の問題は共通だと思ってますが、韓国人はこの感情で陥らないとかと言うところがあって、思い通りにはならないです。 イニシアティブは演技者たちに持たれてしまいます。 

1番何が刺激的だったかと言うと、韓国の俳優は監督の考えを無視して、最初に自分の意見を言う。 全員が言葉で完全に伝えてきます。 演技の技術はとにかくすごいです。   持ってるものはいっぱいあるし、切り替えも早い、先輩後輩も絶対です。 完全にアウェイ状態ですが、逆にそれが良かったとも思います。 

日中合作の時には半分日本人を連れて行きましたが、そこにストレスが全部僕が食らうんです。 他のスタッフもストレスも僕が背負うことになってしまうので、越境するときにはお勧めできないです。 自分だけが来る苦労する方がまだ楽です。 日本人は外国に行くと案外打たれ弱い。 自己主張する文化があまりない。  向こうはわがままと言えるように自己主張してきます。  オリジナルで映画を作る環境作っていきたいなと思います。