2026年5月6日水曜日

五木寛之(作家)              ・五木寛之のラジオ千夜一話

五木寛之(作家)              ・五木寛之のラジオ千夜一話

 30年近く前五木寛之さんの「大河の一滴」と言う本がベストセラーになりましたが、最近その続編とも言えるべき本が「最終章」として綴り話題になっています。孤立や孤独などについて語っていただきます。

一人でいるのが孤独ではないんじゃないかと言う、有名な思想家が群衆の中の孤独みたいなことを言っています。 みんなと一緒にいながらなおかつ違うなあ、話を合わせているけれども、俺の本当の考えていることとみんなの考えてる事は違うなぁと言う、そっちの方が孤独なんではないかと言う気がします。 一人ぼっちである事は孤独ではないです。 孤独よりも対立ということがきついと思います。   人間と言うのは、自分だけの社会と言うものをみんな持ってるものなので、わかってもらえないと言っても、嘆くとか悲しむとかと言う必要はないですね。

孤立感は孤独感とは違います。 1人で戦わなければならないと言うような、応援してくれる人がいない。  生きていく上での立ち位置として、運と努力2つの言葉に集約される。  偶然に助かったと言う事は何度もあります。 努力だけでもありません。

他力」の問題で大事なのは、「他力」を信じるか信じないかの違いがあると思います。 「他力」に身を委ねるかどうか、これは「自力」です。  「他力」に身をまかせて自らの計らいを全部任せる、と言う決断はこれは相当な自力です。「自他一如」と言う言葉がありますが、その境目正反対という事ではないと思います。  休筆宣言を二度しています。 なんか声が聞こえたりする時がありますが、どっか聞こえるような声はそれに従うか、従わないかの問題だと思います。 逆らって生きる道もあるでしょうが、その声には素直に従うと言う。

石原慎太郎さんは自力の人でした。 石原さんがこんなことを話したことがありました。 宮本武蔵と吉岡一門と決闘することになりましたが、向かう途中で神社があって、「どうぞ神仏のご加護を」と言って手を合わせようとして、その瞬間に神や仏に応援を得ようと言うのは既に負けたことになると考えて、手を合わせるのをやめて、決闘の場に行って結果的には勝ちました。 石原さんは神様などにお願いするような心がけではダメだと言うふうに力説してました。 僕は手を合わせようとした宮本武蔵の心に響いた声と言うのは、これは「他力」の声ではないかと言う気がします。 神仏の力を借りようなんて言うことではダメだと言う声が聞こえた。それは「他力」の声だと思います。 その声に従って、彼は合掌することをやめて、決闘場へ行った。 昔そんなことを石原さんと議論したことがあります。

*「織江の唄」 北九州の方言を使った歌  作詞:五木寛之 作曲:山崎ハコ

健康よりも養生である。 少々故障とか問題点があっても、何とかそれと折り合って生きていくと言うという事は養生なんです。 健康は根こそぎに原因を立ち切ってしまうと言うようなところが感じられます。 心と体のお互いの関係というか、どちらも大事なんです、偏らない。 命は自分のものである。 12歳で決意したのが、好奇心のおもむくままに行動する。  自分の思うように生きる。 

*「思い出の街」 作詞:五木寛之,作曲:加藤敏治 歌:松原健之        昔は学生街があって、古本屋などが結構ありました。(昭和の残影)

「老いとてんでんこ」 「てんでんこ」、津波の時にバラバラでいいから、自ら避難しなさいと言った意味で使われたりしますが、「てんでんこ」と言う言葉を一言で言う事は難しい表現だと思います。 ものすごく大事なことを言ってるような気がします。 

高齢期を3つの期に分ける。 前期、中期、後期、これからは高齢期が長い時間になる可能性があります。 高齢期の生き方が大きな問題になると思います。     高齢期は決して余計な生き方ではないんです。 高齢期は考えながら生きていかなければならない、大事な成熟の時期だと思います。 「生きている事そのことが大事」  生きていこうと言う意欲、どこにその基準、どう生きているか、なんでそんなに生きることに執着するのかと言われたときに、それに対する自分の心構えというか、答えをしっかり持っていなければならない。  生きるには理由があると言う理由を考えておく、そういう時期に入ってきたんではないかと思います。   「暗愁」心を暗くするような、言いようのない悲しい物思いやうれいを指す言葉 「暗愁」の持っている強さ。 明治、大正、昭和初期にかけて流行のように広く使われた言葉です。