高嶋美穂(国立西洋美術館 保存科学室長) ・私のアート交遊録「絵画の素顔に迫りたい」
絵画に科学的手法で迫る保存科学のエキスパートです。 絵画の保存、環境整備などの仕事を続ける中で、絵画に接触せず、痛めないで研究する方法で絵の具の調査などを当たってます。 こうした調査研究の中で今回貴重な発見がありました。 およそ500年前に描かれ、その後日本とベルギーに渡された2点の絵画が同じ作者のものである可能性が高いことが判明しました。 その決め手は高嶋さんが研究してきた赤外線による下書きの解析等の科学的手方です 。数百年前の絵は必ず劣化する。 絵の持つ本来の姿と魅力を解き明かしたいと語る高嶋美穂さんに研究にかける思いを聞きました。
保存科学と言うのは、美術品や遺物を保存するための科学のことです。 この分野は主に2つの柱があります。①作品の劣化の原因や仕組みを探って、劣化を防ぐために、温度、湿度、照明などの周囲の環境を整えることを目的とした研究です。 ②作品の構造や材料である技法などを知るために、作品の保存状態を知るために、自然科学的な方法で調査していく研究、こちらは、X線や赤外線などを当てたり、サンプルを取って絵の具の調査などをする研究になります。
最近よく使用されているのは、赤外線用のデジタルカメラです。 これだと波長が900から1100nm位までしかないので、絵画の下書きを見るのには不十分でした。欧米では1600から1700nmの長い波長を捉えることができるカメラを使用して作品の下書きの調査をしている。 しかしこれは大変高額な機械です。 そこで比較的安価な(それでも200万円)産業用赤外線カメラを用いて撮影して下書きを明らかにしました。 画素数が少なくて130万画素なので、何分割にもして撮影して、それを合成して1つの作品の絵を作っています。小さいものだと20分割、縦横1m以上の作品になると100分割以上になります。 非常に難しいのは、非破壊非接触で、基本的には行わなくてはいけません
描かれた当時のものを見ているわけではない。 古い時代に描かれた絵は傷みます。 ルネッサンス期に作られた作品は、絵の具が剥落したり、亀裂が入ったりして、剥落したところに広い範囲で塗り直したりしています。 色も変わってきたりするので、必ずしも今見ているものがオリジナルの状態ではない。 制作年代が違っていたりして偽物であると言うことがわかる場合もあります。
およそ500年前のフランドルで描かれて、今は上野の国立西洋美術館と、ベルギーの美術館が所蔵している2つの宗教画が、1連の祭壇装飾ではないかということでしたが、新たな事実がわかってきました。 2作品が同じ祭壇画を構成していたに違いないということが写真の裏に記されていました。 周り張り巡らされた金の装飾帯とか人物が似ていると言うことがわかっていました。 同一人物が描いたかどうかについては、調査がそこまで今までは至りませんでした。 赤外線による調査で、二作品には下描きがびっしり描かれていることがわかりました。 2作品とも下描きの筆のタッチ、下描きの描き直しが多いということもわかって、その下描きが二作品ともよく似ています。 同じ画家が描いたものにないに違いないと言う事はわかりました。 国立西洋美術館の作品についてはサンプリングもできました。ベルギーの作品も、西洋美術館の作品も同じ同じ絵の具を使っていることがわかりました。
絵の中で重要視していた人物に高価な絵の具を使うと言う事はあります。 保存科学と言う分野は1930年代に立ち上がってきました。 日本では1936年の法隆寺の金堂壁画の調査に赤外線写真が使用されました。 1940年代の解体修理の際に、電気器具の出火により金堂壁画が燃えてしまいました。 壁画の修復をどうにか保存しようと言うことで、科学的手法が日本でも発展しました。
下描きには顔にこだわる人がいたり、手の向き、指の角度とかにすごく描き直しがあったりする人もいます。 年輪年代学測定法によって木材に絵が描かたことから、木材が切られた年がぴったりわかります。 製作年代についてもわかります。 国立西洋美術館にあるモネの絵は、保存状態が良くなかったので、サンプルを取って絵の具を調査を行いました。 モネは晩年には6から7色の限られた色を使っていたと手紙に書いています。 混ぜ合わせたり重ね合わせたりすることによって多彩な色彩を作っていました。 6から7色しか使っていないと言うが、晩年の作品でも、実際は10色使っていることがわかりました。 何層も重ねられている絵画よりも、日本画みたいに絵の具層の重なりがない絵の方が、絵の具の調査をしやすいです。
私としては、科学的にわかったことと、美術史の間をつなげるような仕事をしていきたいなとは思っています。 子供の頃から絵は好きでしたけれども、大学では美術史を学ぶ学部に入りました。 大学の卒論に取り組むなかで、ヨーロッパでは赤外線とかX線を当てたりして、絵の具に含まれている元素を調べることで、どんな絵の具を使ってるかを調べたりする方法を知りました。 それに興味を持ちまして、こちらの学問のほうに入っていきました。 仕事を辞めた後は、絵を描きたいとは思っています。