2026年4月20日月曜日

木津かおり(民謡歌手)           ・にっぽんの音 能楽師狂言方 大藏基誠

 木津かおり(民謡歌手)       ・にっぽんの音 能楽師狂言方 大藏基誠

木津さんは民謡歌手歴40年以上。民謡を一言で言うと、日本中の故郷の旅ができます。 土地、風土によってこぶしが違ったり、声の出し方が違ったりとか、曲の中にあらわれています。 仕事歌、忌引き歌、田植え歌、御祝儀歌などがあります。

 神奈川県横浜市生まれ、民謡歌手であった父の影響で小さい頃から歌とともに育ちました。 10代でNHKの民謡番組に出演、18歳の時にレコード会社の専属歌手となり、本格的に民謡歌手の道を歩み始めました。 近年は、歌舞伎NEXT朧の森に棲む鬼』の公演に歌で参加するなど、伝統を大切にしながら、ジャンルを超えた表現活動を続けています。 

もうすぐ60歳になります。 3歳が初舞台です。 昭和50年代に民謡ブームがありました。 その時には歌舞伎座を借りて民謡大会をやったりしました。 父は民謡教室をやっていました。 18歳の時にレコード会社の専属歌手となり、本格的に民謡歌手の歩み始めました。 

新潟の魚沼地方の民謡、ご祝儀歌で「松坂」と言う歌があります。 三味線の伴奏がごぜさんの流れをくむ手組になっています。 ごぜさんと言うのは目の見えない芸能集団です。 3人ぐらいが一組になって、雪が解ける頃に集落を回って生活をしていました。 その風習が新潟が一番の大元でした。 ごぜさんの三味線をうちの集落のおじいちゃんが1年分のお米と交換にごぜさんから三味線を貰ってきました。 それで教えてもらって、自分の地方の「松坂」に作りました。その三味線をなかなか次ぐ人が居なくて、私が頑張っています。 この歌を歌い出すと無礼講になります。 

*「魚沼松坂」

その時の感情を表す民謡っていいですよね。フリースタイル民謡はいいですね。 父は生まれながらの芸人というか、人を楽しませることが大好きでした。    これは箱三味線と言う楽器です。ゴッタンといいます。 九州の方で残っていたものです。三味線の皮の部分が全部木(桐)でできています。

私は横浜に生まれ育っているので、横浜に野毛山節と言うのはあります。 流行歌の走りで、流行の歌の1番と言われています。 野毛山節は横浜開港とともに誕生した。(別名ノーエ節)

野毛山節

「寺泊おけさ」(新潟の柏崎の歌)20歳位の聞いたときにかっこいいと思いました。 音を消しながら弾きます。 おけさと言うのは、北前船の方から伝わった「牛深ハイヤ節」からの流れのもので、新潟に伝わると、なぜか「おけさ」になりました。 

「寺泊おけさ」

リズムが何とかもいいです。 掛け声が「秋田音頭」に似てます。 民謡は私にとっては心のお守りと言うふうに感じます。 先人たちの生活の中で生まれてきたものなので楽しむためだったり、辛い仕事を和らげるためとか、いろんな知恵がこの歌詞の中に入っています。 風土、風土によっていろいろ入ってます。 自分のふるさとの民謡を1曲でもいいので、歌えるようにしてもらって、何かあったときにそれを思い出して1人ではないんだと言うような気持ちになってもらいたいなぁと思って、最近すごく思うようになりました。

日本の音とは 声の響きが好きなんでしょうね。 お祭りの男性の声の響きが好きです。 私がやってみたいのは、自分の演奏会で、お客さんで来る人に「7、7、7、5」の言葉を募集して、そのお客さんの今の気持ちを、その時の演奏にして歌ってみたいというのあります。 今の民謡にしていきたい。 もっともっと自由であっていいと思います。