2011年7月9日土曜日

横石知二 (いろどり代表取締役)  ・「そうだ葉っぱを売ろう」映画化へ

横石知二 (いろどり代表取締役)     「そうだ葉っぱを売ろう」映画化へ  神勝町  
目的をしっかり見せてやると、高齢者でも出来る・・・パソコン操作  
売り上げのランキングが表示される  凄い競争になっている  
敷き葉(料理の下に敷く葉)が販売の主流
天然と栽培があるが、今は7~8割が栽培である  
吃驚するような急斜面に植えている  

徳島農業大学を卒業 農協に就職 
当時村は農業、蜜柑、林業が主力産業 どれも斜陽産業であった
酒を昼から飲んだり(男)、女性は嫁の文句を言い合っていた   
なんでこんなに仕事がないのか、習慣を変えないといけない、何か売れるものを作っていかないといけない  仕事を作る事が大事だと思った  
最初、変えなきゃだめだと云ったら 変えることに反対された  
売ってくるから何でもいいからこのダンボールの箱にものをいれてくれと言った  
それの行商をやった  
それが良かった→物が売れるのはこうなんだ、こういう物を作れば売れるんだと云う事が判ってきた  
いろんな作物を作るようになったのが流れ、信頼し始めてくれる
昭和6年2月26日大寒波(-13℃)で街のみかんが全滅する→なんとかせねばと、新しいものをしないといけない→禍転じて福となすと動き始める→野菜を進めてゆく(短い期間のもの)
→昭和61年大阪の店で食事をしていた客が添えられていた紅葉の葉っぱに感動するのに出会う→ 葉っぱを売ろうと思いつく→村の人には反対される
(葉っぱが売れるのならば村を逆立ちして歩いてやる)→何とか売ってやろうと思う気が湧いてきた→しかし経費50円、売価5円では採算取れず→何で売れないのか料亭の料理人に聞く→現場が見えない→一度でいいからお客になってみな→ただ葉っぱがあるのではなく、そのいわれ、大切な役割がある事を知らされる→料亭通いが始まり(自費)現場が見えてきた
(使い方が判ってきた)→商品の価値が判ってきた、見えてきた
(最初季節感だけで売れると思った) 

しみとか葉にあるが自然はそれでも綺麗の見えるが、使う側はそれでは駄目 
季節感は45日前、葉は洗練されていないと駄目 
小ぶりで綺麗で、おおきさがそろっていないと駄目 色合いも揃っていないと駄目と判る)  
木の葉は何のために使われるのか、使われる意味も判ってきた  
(例 南天の葉  難を転じる)  
高齢者の持つ広い知識と経験が非常に役立つことが出来た
(例 紅葉の葉 作り方判った 突発の場所の木はかぜが強く当ってキズが付きやすい  
谷間の場所の木はいい葉が出来る)→商品として価値が付くようになる(料亭通い3回/月 給料つぎ込む 3~4年 食べる場の雰囲気おいしくなかった
 
痛風、心筋梗塞になる)→自分で会社を起こしたくなった→あるお婆さんが嘆願書を出した→必要とされる自分に気付く→ 第三セクター「いろどり」作る→地域に合っている独自の仕組みを作った(パソコンによる現場の情報交換)  
年寄りにむいている仕事
(軽いこと、コツコツやること、自然の中の自分でやってきたことが生かせる事、綺麗であること)  
難しい点(コンピューターを使ってどんなもんが売れるかと言う事を読める人がいる)・・・脳業 単価が高い、たかい物は80円/枚 (市場価格) 柿、栗・・・葉っぱの方が高い   
全国から視察来る ・・・まねはできないと思う 
人、仕組み(ソフト)が他にはできない  
葉っぱビジネスにより医療費が減ってきた(みんな若い) 人が明るくなった  
ゴミゼロ→ゴミ収集車が走っていない 34種類に分別→リサイクル、資源へ 田舎は変えたくないという抵抗感があるが、今はいいことなら変えてゆこう、やれることなら変えてゆこうと、変化を見て自分のものにしてゆくと云うように変化してきた  
若い人が増えてきた 百数十人/2000人の村  Iターン、Jターン  
 
「生涯現役」  元気で仕事をずっと続けてゆく 自分に役割がある  
自分に居場所と出番がある  今の高齢者に必要な時が来ている  
社会保障とか問題になっているが、しっかり稼いで孫にこずかいを与えるとかという事だと思う 仕事を作ってゆくような福祉があっていいのでは  
前向きに自分が何かをやってゆこうと云う事を地域が作ってゆく 
そういう時代になって来てると思う  
いまは、リーダー型プロデューサーが必要  料理に添えるつまもの 
全国シェアーの80% 年間約3億円近い売り上げ (株)いろどり  
地域活性化伝道師に選ばれニューズウイーク日本版 世界を変える企業家100人に選ばれる