2017年7月14日金曜日

山下惣一(農民作家)        ・“小さな農業”が日本を支える

山下惣一(農民作家)        ・“小さな農業”が日本を支える
今年の4月に福岡市で開かれた小農学会のシンポジウムで、佐賀県唐津市の農民作家山下さんが日本の農業は儲かったから続いてきたからではなく、農業が必要だったから続いてきたと指摘しました。
生産者の得ている対価があまりにも低いので、仕方なく出稼ぎに出て居るのだとおっしゃいます。

一昨年小農学会をたちあげる。
日本の農業は戦後の農地解放でみんな小さな農家に成ってしまって全部小農じゃないですか。
面積で区切るのではなくて、目的で区別した。
家族で働いて暮らしてゆくことを目的にしている、それが小農です。
守田志郎と云う人が最初に「小農」と使っている。
生活の糧を稼ぐためにやるのが労働であって、暮らしのためにやる。
小農だということは、家族が、これは私たちのやっている農業だ、ということのできる農業生活と生産となので、他人の働きに頼ったり、他人の働きでもうけたりしようとしない農業をいうのである。
松田喜一先生は仕事を労働にしてはいけないと、仕事を楽しむ、道楽にしなさいと言っている。
35歳の頃、規模拡大路線で蜜柑などを植えたりしていたが、中山間地の棚田が多かったので3段か4段で31枚という棚田があった。
それを1枚にしたいと思って、そばに兼業農家の帯のような棚田がありそれがないと形が取れないので交渉して譲り受けました。
そこには藁人形を燃やした跡があり、田んぼは先祖からあずかってるものなので、先祖別れの儀式をしたと云うことで、衝撃的でした。
自分が大きくなることだけを考えて居て、相手のことを考えていなかったということに気がつきました。

それからは規模拡大は目指しませんでした。
単作にしないで色々作り、一年中収入が絶えないようにやっています。
身の丈サイズが一番いいと思います。
2014年に国連が国際家族農業年と定めて報告書を出した。
「家族農業が世界の未来を開く」といって、本を読んだら自分が言っていることが全部書いてあるような気がした。
世界の農家の70%が1ヘクタール以下、世界の農業の90%は家族農業だと言っています。
①世界の農業の90%は家族農業、家族農業は世界の農業の土台である。
②飢えている人たちは8憶いると言われて居て、その半分は農民。(土地なし、零細農民)
 農業をやる人を手助けする。
③大規模農業に比べて小規模農業は土地生産性が高い、面積当たりの収量は多い、環境保全的である。
④多くの人にとって故郷であり、文化、芸能の伝承者でもある。
 民俗芸能はそこでしか残っていない。
⑤農業の専門特化でやるのは非常にリスクは高い。
 リーマンショック後の不況時にヨーロッパの企業農業はバタバタ倒産した。
兼業農家がリスク回避の有効な手段だと書いてある。

オランダの農家の90%は兼業農家、大面積でやっているフランスでは60%は農業以外で収入を得て居る
日本の兼業農家は75%、アメリカでは70%近くが兼業(日本とは兼業の形態が違うが)
農産物輸出国は悲惨です、余っている物を作っているから。
ブラジルなどは悲惨です。
九州で智慧を出し合って展開を始めて居ます。
将来的にはオーガニックに成って行くのではないか、地産地消。
富裕層を目指して米を作ろうとは思っていない、日本人の為の農業をやりたい。

人間は向学心があると思う。
父親は養子で家をつぶすのが怖かった。
教育のため子供を都会に出すが帰ってこない、そうするうちに家は潰れる、教育は家をつぶし、村を滅ぼすと云う事で高校に行かせてくれなかった。
通信教育で2年間勉強して、試験だけ受けてみたいと言ったら、田んぼから突き落されてドロンコに成り泣きました。
2回家出をしました、自分が逃げても農業も家も辛い労働も残るわけで、逃げることはまずいと思って逃げなくてもいいような村を作るべきだと思った。
小説を読み始めました、主に太宰治でした。
自分でも書けるのではないかと思って、文芸雑誌に投稿したりしました。
32歳のころに草刈り機で足を切ってしまって、田んぼに入れなくなり、佐賀県での文学賞があると云うことを新聞で知って、改めて書きました。
地元の同人雑誌に入って、書いた小説で農民文学賞を貰いました(「海鳴り」)

NHKのTV  『ひこばえの歌』
ひこばえ:樹木の切り株や根元から生えてくる若芽。
枯れても枯れても芽が出てくる、農家の永遠みたいなものを象徴させたかった。
今は雑誌と新聞のコラムを書いているぐらいで書く気はしません。
書くと云うことは書くことに責任を取ることなので、勉強はします、ずーっと人生勉強でした。
悔いはないです、81歳でも現役でやっていますので。
食べるのは他の命を頂くことだと云うことは、今の日本には全く無くなってしまっている。
農家に嫁いだ女性たちは農業は好きだと云う人は居なくて、仕方なくやっているうちに好きになってくる、植物、農作物、家畜も決して裏切らない、これが一番いいですね。
娯楽の楽しみは生産の喜びには及ばない。
棒の一方の端が苦、他方が楽だとすると、人間は真ん中にいて、苦を克服していくと苦が減って楽が増える、これは農業では良く判る。